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  • 小此木 潔 ジャーナリスト / 元上智大学教員

    75年朝日新聞社に入り、ニューヨーク特派員、論説委員、編集委員など経て2014年4月から現職。政策ジャーナリズム研究。著書に『消費税をどうするか』(2009年、岩波新書)など、監訳書にベン・バーナンキ著『危機と決断』(2015年、KADOKAWA)。

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支持率を国債で買う政権

小此木 潔

2022.12.01

 総合景気対策に伴う国債増発の一方で、防衛費を5年がかりで倍増させようとしている岸田政権。その政策を一言でくくれば、歳出をいびつな形で膨張させる「放漫財政」の路線である。すでに財政と金融に巨大なひずみが生まれているのに、この上さらに放漫路線を推進すれば、日本経済と国民生活の未来を大きく損なうのではないか。

 失われる財政規律

 岸田首相は10月28日に官邸で記者会見し、一般会計で約29兆円の2022年度第2次補正予算案を軸に、財政支出が総額約39兆円にのぼる総合経済対策を発表した。「物価高克服・経済再生実現のため」として2023年1月からの電気代の負担を2割、都市ガス代は1割強を軽減し、ガソリン価格抑制策の継続などと合わせて物価・賃上げ対策に12兆円余を支出する、といった内容だ。これによって生活が少しは楽になる面は否定できないが、財源を考えれば、この措置は国民が将来負担する税金のばらまきであることは明白だ。
 補正予算は22兆円余りの国債を追加発行し、対策の大半を借金でまかなう。補正の規模は調整の最終段階で一夜にして4兆円も膨れあがった。「規模ありき」の大盤振る舞いは、内閣支持率の回復を焦る岸田政権がなりふり構わず「ばらまき」作戦に出たことを物語る。これにより2022年度の国債発行額は62兆円台に膨らみ、年度末の国債残高は1042兆円に達する。総合経済対策について、経済同友会の桜田謙悟代表幹事が11月4日の記者会見で「インフレや財政の状況をみると、明らかに過大だとの印象を持たざるをえない」と批判したのもうなずける。
 国際通貨基金(IMF)の推計によれば、国内総生産(GDP)比で見た2021年の政府債務残高は、日本が257%で先進国中最悪で、米国133%、英国109%、ドイツ73%、フランス116%などに比べてはるかに大きい。経済成長に伴う税収の自然増が望めない状況が続く限り、赤字を減らすには増税に頼らざるを得ない。IMFは2019年11月に日本経済に関する報告書で、2030年までに消費税率を15%に上げるよう求めた。さらに2050年までには20%に引き上げるべきだと指摘している。


日銀が国債の約5割を保有していると報じる9月21日の朝日新聞デジタル記事

 政治の下請けと化した日銀

 巨額の財政赤字にもかかわらず、金融市場で国債の暴落や長期金利の急上昇が起きていないのは、何と言っても日本銀行による空前の国債買い支えのおかげである。だが、そのせいで、日銀は中央銀行の王道を踏み外してしまった。
 日銀が9月末に発表した今年第2四半期の資金循環統計によると、日銀が保有する国債(国庫短期証券を除く)の比率は過去最高の49・6%。6月末時点の国債発行残高約1065兆円のうち約528兆円で、ほぼ半分を占めた。金利を抑えるための「異次元緩和」策の一環として国債を市場から大量に買い入れているためで、この異様な状況は、法律で禁止されている「日銀による国債引き受け」に限りなく近い。相違点はただ、戦前のように国債を直接に引き受けるのでなく、市中から買っているというだけだ。つまり日銀は事実上、掟破りの手法で市場に介入し、財政と政権を守っているのだ。
 安倍政権が任命した黒田東彦総裁の下で異次元緩和を始める前の2012年末の日銀による国債保有は約91兆円で、当時の国債発行残高の約11%だったから、変貌ぶりが際立つ。政治権力から自立した存在であるべき中央銀行としての日銀はもはやその機能を大きく損ない、国債の流通利回りを低く保つ役割を担っている。もはや政治の下請け機関と化しているとすら言える。

 歴史の教訓を忘れたのか

 「日銀による国債引き受け」はかつて戦費調達のため利用された仕組みで、戦後は「公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない」と定めた財政法第5条によって禁じられてきた。日銀のホームページでは、以下のようにその理由を説明している。

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中央銀行がいったん国債の引受けによって政府への資金供与を始めると、その国の政府の財政節度を失わせ、ひいては中央銀行通貨の増発に歯止めが掛からなくなり、悪性のインフレーションを引き起こすおそれがあるからです。そうなると、その国の通貨や経済運営そのものに対する国内外からの信頼も失われてしまいます。これは長い歴史から得られた貴重な経験であり、わが国だけでなく先進各国で中央銀行による国債引受けが制度的に禁止されているのもこのためです。

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 ところが今や、日銀が買いオペ(公開市場操作における買いオペレーション)によって市場で国債を買いあさり、それによって超低金利を維持している。一種の脱法行為である。この事態は、政府赤字を中央銀行が直接穴埋めする「マネタイゼーション」(債務の貨幣化)あるいは「財政ファイナンス」と呼ばれるものと実質的に同じであり、世界の中央銀行の常識に照らしても採ってはいけない手法なのだ。
 安倍元首相は2022年5月に大分県で講演したさい、「日本銀行というのは政府の子会社ですから、(国債の償還金を)返さないで借り換えていく。何回だって借り換えたって構わない」と発言していた。中央銀行が政権の言いなりで国債を買い支えている現状は、際限なき国債発行と軍拡のあげく戦争に突き進み、敗戦と激しいインフレに帰結した歴史の教訓を忘れたかのようなありさまだ。
 国債を中央銀行が保有する割合で見ても英国が3割、米国が2割とされるのに比べ、日本は高すぎる。こんな政策が続けば、日銀が国債暴落のリスクを抱え込む。緩和を手じまいする「出口」の段階では、利上げによって利払い金額が増大するため、日銀が債務超過に陥る可能性すらある。その結果、深刻なインフレや金融恐慌が起きて日本経済が破局的な危機を迎えるかもしれない。
 そういう危うさにもかかわらず、日銀は政府の巨大な赤字を支え、歳出膨張を許している。これに甘え、さらに財政の膨張を推進しているのが岸田政権であり、とりわけその防衛費倍増政策である。総合経済対策と同様、がむしゃらに「規模ありき」で突っ走る構えに見える。


防衛費の財源をめぐる記事(11月23日の朝日新聞デジタル)

 軍事大国化も放漫の一環

 岸田政権はじわじわと防衛費を増やし、5年後をめどにGDP比2%の水準に乗せようとしている。2022年度の防衛費当初予算は5・4兆円。政府は今年度のGDPを約564兆円と見積もっており、いずれGDPの2%を防衛費に充てれば11兆円(約780億ドル)台の水準が見込まれる。今年度より5兆円も増える計算だ。
 ストックホルム国際平和研究所が2022年4月に発表した「世界の軍事費」によれば、2021年の米国の国防予算は8010億ドル、中国(推計)2930億ドル、インド766億ドル、英国684億ドル、ロシア659億ドルで、日本は9位だった。日本の防衛費がGDPの2%になれば、日本は予算面で一気に米国、中国に次ぐ世界第3位の軍事大国になる。
 そうまでして防衛力を強化する必要があるのか。その財源は誰がどう負担するのか。それによって福祉や教育など国民生活はどんなしわ寄せを受けるのか。大切な問題がまともに議論されていない。それなのに、防衛予算の倍増を目指す軍備強化は、北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の軍事力増大を背景に、あっさり進みそうだ。政権は防衛力強化を既定路線として突っ走り、年末の政府予算案発表で一気に決着を図る構えを見せている。
 巨額の財政赤字を抱える日本が、財源も決めずに防衛費を膨らませるのは無謀の極みだが、かりに財源を増税で確保しても、それで済む問題ではない。本来なら社会保障など国民が望む分野で優先的に使うはずの税収を毎年兆円単位で防衛費に回すことが妥当なのかどうか、国民の間で時間をかけて議論されなければならない。さもないと財政民主主義は絵に描いた餅に終わる。

 「つなぎ国債」の財源問題

 防衛費倍増の財源が決まっていないのも放漫財政の目印の一つだ。国家安全保障戦略など安保関連文書の改定に向けた政府の「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」(座長=佐々江賢一郎・元外務事務次官)は、11月9日に官邸で開いた会合で防衛費増額の財源について他経費の削減をした上で東日本大震災の復興増税などの事例を参考にする考えを示したが、ここでも財源についての合意はできていない。
 財務省が同日の会合に提出した資料では「国全体の課題であるので、幅広い税目による国民負担が必要」「今を生きる世代全体で負担を分かち合っていく必要」などと列挙し、国債発行という借金に頼るのではなく、増税で財源を確保すべきであるとの考えを示した。鈴木俊一財務相は会議の席上、「恒久的な財源確保を図るものとしなければならない」と述べた。国家の金庫番として防衛費の野放図な膨張にくぎを刺そうとしているようでもあるが、こうした財務省の主張も、よく見れば防衛費の増額を特別扱いで認める前提に立ちつつ財源の手当てを求めているにすぎない。
防衛費の増額を賄うには恒久財源が必要で、所得税や法人税が増税対象になる、というのが財務省のこれまでの見解だ。消費税は社会保障の財源だと説明して来た以上、防衛費に充てるために消費税率を上げたいなどとは今さら言えない。経済界は法人税の増税規模などに抵抗するだろうし、所得税の増税はサラリーマンから猛反発を受けるから、見通しは立ちにくい。
 そこで政権内に浮上してきたのが当面は増税せずに国債発行で財源をやりくりする「つなぎ国債」活用論だ。10月中旬に始まった防衛費の財源に関する自民・公明両党の協議は、自民党の麻生太郎副総裁と公明党の北側一雄副代表が中心になっている。北側氏は10月27日に日本記者クラブ主催の記者会見で「法人税も一つの選択肢」と述べたが、「今すぐの増税は、経済情勢からして無理」「当面、国債を発行するにしても財源の将来的な手当ては決めておかないといけない」と述べ、「つなぎ国債」を支持する考えを明らかにした。
 こんなやり方で財政規律が守れるのかどうか、心配である。

 日本の危うい未来

 防衛力強化路線は、防衛関連企業の収益に貢献するとしても、問題はそれが資源配分をゆがめ、全体としての日本経済を弱体化させたり、財政破綻や経済危機を招いたりするリスクを抱えていることだ。たとえば、防衛力強化の財源として法人税や所得税の引き上げが実施された場合、企業や家計の負担が重くなるので、賃金抑制への圧力が加わったり、消費不振に陥ったりして、日本経済の停滞が一層ひどくなりかねない。
また、債務のGDP比が先進国で最悪とされる日本が軍事大国化で財政膨張の道をさらに突き進むなら、世界の金融市場で日本国債への信認が低下し、金利上昇を生む。国債の利払いのための財政負担が跳ね上がり、財政赤字はさらに増える。そうなれば消費増税に頼らざるを得なくなり、それによって消費が落ち込んで日本経済は不況や危機に直面しかねず、株式や債権市場の混乱も懸念される。
 政府の有識者会議でも、経済についての懸念が出ていないわけではない。11月9日の会合で佐々江座長が提出した「議論の整理」と題した資料には、「すでに公的債務残高のGDP比が高い日本は、そのリスクを認識する必要」「日本経済の安定を維持できる財政余力がなければ、国力としての防衛力がそがれかねない」「財源の一つとしての法人税については、成長と分配の好循環の実現に向け、多くの企業が国内投資や賃上げに取り組んでいる中、こうした企業の努力に水を差すことのないよう議論を深めていくべき」などと記されている。
 日本は本来、軍拡ではなく賃上げのための構造改革や社会保障と教育の強化、格差是正、温暖化対策や災害対策などに力を注がなくてはならないのではないだろうか。しかし、岸田政権と自民党は、ばらまきと軍拡優先の政策を推進している。のちの世代が現代を振り返る時、「政府が政策選択を誤ったために財政も金融も国民生活も危機に陥った」という審判を受けることになってはたまらない。そうならないよう、メディア・ジャーナリズムが政治権力を厳しくチェックすべき正念場が今、である。

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