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防衛費倍増への暴走

ジャーナリスト / 元上智大学教員 小此木 潔

 防衛費倍増に向かって、その理由も財源もはっきり説明できないまま政府・与党が突っ走っている。国民がよくわからないうちに閣議で決めてしまう手法は、まるで主権者に対する奇襲攻撃だ。民主主義も財政も憲法の平和主義もないがしろにされ、このままでは日本の将来が危うい。2023年1月から始まる通常国会は、政権の暴走が正面から問われる場になる。政治もメディアも試練の時だ。

 大増税は避けられる?

 日本の防衛予算は国内総生産(GDP)の1%ほどの5兆円台で推移してきたが、それを5年かけて増やし2027年度以降は2%台にするという倍増方針を岸田政権が2022年12月16日の閣議で決めた。倍増した段階では財源として1兆円余りの増税が必要で、残りは改革で財源を捻出するという。岸田首相は閣議後の記者会見で次のように述べた。

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5年間かけて強化する防衛力は、令和9年度以降も将来に向かって維持・強化していかなければなりません。そのためには、裏付けとなる毎年度約4兆円の安定した財源が不可欠です。(中略)安定的な財源として、財務大臣に対し、まずは歳出削減、剰余金、税外収入の活用など、ありとあらゆる努力、検討を行うよう厳命をいたしました。結果として、必要となる財源の約4分の3は歳出改革等の努力で賄う道筋ができました。残りの約4分の1の1兆円強については様々な議論がありました。
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  これに続けて首相は2027年度から実施する増税の対象は法人税と所得税、たばこ税であると述べた。法人税額に対し税率4〜4.5%の新たな付加税を課す。所得税には税率1%の付加税を上乗せする。たばこ税は1本あたり3円相当引上げる。こうして計1兆円強を確保するのだという。
 しかし、これらは必要な財源の一部にすぎない。首相は2027年度以降で「毎年度約4兆円」の新規財源が必要になると述べた。つまり1兆円強の増税は防衛費の増額分の約4分の1にとどまり、4分の3に相当する約3兆円の財源を平年度でどのように確保していくかは具体的に示されていない。首相は12月8日の政府与党政策懇談会では財源について「歳出改革、決算剰余金の活用、税外収入を活用した防衛力強化資金の創設など、様々な工夫を行うことにより賄う」と述べたが、税以外はいずれも恒久的な安定財源ではなく、毎年決まった額が確保できるわけでもないし、一時的な財源だ。
 どうしてこんなことになったのか。本当は4兆円もの大増税が必要なのに、歳出改革などでなんとか回避できると、ごまかしているのではないか。


防衛費の財源に関する政府説明資料
(朝日新聞デジタル12月17日の記事から)

 世論は増税反対が圧倒的

 2022年末に新聞社が実施した世論調査をみると、首相が増税規模を小さく見せたい理由がわかる。
 朝日新聞が12月17、18の両日おこなった世論調査では、今後5年間に防衛費を大幅に増やすことについて、「賛成」46%、「反対」48%だった。毎日新聞が12月17、18の両日実施した全国世論調査では、防衛費の大幅増について「賛成」が48%で、「反対」の41%を上回った。また、読売新聞が12月2日から4日まで実施した世論調査では今後5年間の防衛費増額に「賛成」51%、「反対」42%だった。
 北朝鮮の核ミサイル開発や中国の強国化で不安に陥り、賛成する意見と、疑問を抱き反対する意見に世論は分裂しているようだ。
 その一方 、防衛費増額の財源としての増税に関する世論は反対派が圧倒的だ。
 朝日新聞の世論調査では、防衛費を増やすために約1兆円を増税することについては、「反対」が66%で、「賛成」の29%を大きく上回った。増額のための国債発行には「反対」67%、「賛成」27%だった。
 毎日新聞の世論調査では、防衛費増額の財源を増税でまかなうことについて「反対」と答えた人が69%で、「賛成」の23%を大きく上回った。防衛財源捻出のために社会保障費などほかの政策経費を削ることについては「反対」が73%で、「賛成」の20%を大幅に上回った。国債発行も「反対」が52%で、「賛成」は33%だった。
 読売新聞の世論調査では、賛成と答えた人に防衛費を増額する主な財源について聞いたところ、「国債の発行」38%、「社会保障費など他の予算の削減」30%、「増税」27%だった。

朝日新聞世論調査から

 これらの世論調査を見る限り、岸田政権が防衛費倍増のための大増税を打ち出せば、国民の猛反発を食らって統一地方選で甚大な影響を受けかねない状況にあることがわかる。大増税をしてまで防衛費倍増などしなくていいという民意が示される可能性もある。
 自民党内に「財源は税でなく、国債でいい」とする意見が噴出している理由も、それが安倍元首相の意向だったというだけではないはずだ。防衛費増額の規模が大きすぎるだけに、財源を増税で確保するとしたら大増税にならざるを得ない。それを主張することは今後の選挙できわめて不利だ、ということではないか。

 ジャーナリズムに問われる責任

 首相は2027年度以降、毎年度約4兆円の追加財源が必要だと説明してきた。それには本来、恒久財源が必要であり、仮に一時的な措置として国債という借金に頼るにしても、その国債はいずれ税金で償還されるべきものだ。増税なしにすむわけがない。それなのに毎年度1兆円強の増税で事が済むかのように言っているのは、国民負担を小さく見せるまやかしである、と筆者は考える。
 首相は「歳出改革」をあてにしているようだが、これに関連して思い出すのは民主党が2009年の総選挙で政権をとった時の公約である。「改革をすれば増税は不要」という約束に国民は期待した。ところが事業仕分けなどに取り組んでも巨額の財源は確保できず、結局は自民・公明との3党合意で消費税10%への道を歩んだのだった。岸田政権の場合、改革で無駄を省くと言うならその具体策を決めることが先決であり、それなしに防衛費倍増だけを決め、後になって増税を持ち出すというのでは、たまったものではない。自民党内の反増税派が言うように国債に頼って倍増路線を進めば、やがて財政赤字が制御できなくなってしまい、挙句の果てに消費税率引き上げという事態にもなりかねない。
 政府の嘘を暴き、真実を明らかにする役割をメディア・ジャーナリズムに期待したいところだが、首相記者会見での質問ぶりにはがっかりした。数十人の記者たちが参加していたが、歳出改革で巨額の財源が生み出せるかのような説明に対する質問は出なかった。
 会見で記者たちは厳しい質問を発するべきであった。「歳出改革等の努力」の内容は具体的にどういうものか。それによって削るのは、どんな予算なのか。社会保障、教育あるいは公共事業費なのか。首相が説明した増税以外に大きな影響を受ける人がいるのではないか。何をどう削るか、をなぜ説明しないのか。
 いやそもそも先制攻撃との区別があいまいで戦争の引き金になりかねない敵基地攻撃をなぜ認めるのか。防衛政策の歴史的転換だと首相は言うが、それは専守防衛の約束違反であり、日本国憲法の平和主義に根本から背く閣議決定ではないのか…。
 肝心なことを会見で説明しない首相と、それについて質問しない記者たちに、筆者は驚き、考え込んでしまった。こういうありさまではメディア不信は取り返しがつかないところまで広がってゆくのではないかと。
 防衛費倍増が実現すれば、日本は予算額で米国、中国に続く世界第三位の軍事大国になる。その財源も確保できず国民が納得しないどころかろくに理解しないうちにどんどん軍拡に突き進もうとしている政権の姿は異様だ。当面、国政選挙がなくても2023年には統一地方選がある。この国の主権者である国民の前に真実を明らかにし、判断材料をふんだんに提供する責任をメディア・ジャーナリズムに果たしてもらいたい。

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