経済は再びコロナに沈む!
ジャーナリスト / 元上智大学教員 小此木 潔
感染爆発にも首相は楽観
政府はこれまで実質成長率3・2%としていた2022年度の経済見通しを下方修正し、実質2.0%に改めた。7月25日の経済財政諮問会議で発表した。この席上、岸田文雄首相は、以下のように楽観的な見通しを述べた。「日本経済はオミクロン株の特性を踏まえた感染防止と経済社会活動の両立により、コロナ禍で落ち込んだサービス消費にも、ようやく明るい兆しが出始めた。医療提供体制の強化などに万全を期すことにより、できる限り『ウィズコロナ』のもとでも経済活動の水準を引き上げていく」
首相はさらに「来年度にかけて成長力をさらに高め、一段高い成長経路に日本経済を乗せていく」とした。しかしこの日までに感染の爆発的拡大が起きていた。7月23日には新規感染者数が東京で3万人台、全国で初めて20万人台に乗せ、過去最多を記録した。
療養中の感染者は100万人を超えた。しかも、米ジョンズ・ホプキンス大学の調査では22日に世界の新規感染者は110万余人で、うち日本が19万人余りであることも23日朝刊で報じられていた。
かつてない感染爆発が起き、収束のめどが立たないのに、これといった抑制策も採らないまま、どのように経済活動を拡大できるのか。首相の言葉は説得力を欠いていた。
主要国の1週間の感染者数=WHOの7月28日公表値
分科会を支配する政府の意向忖度
首相の対コロナ「強気」路線は7月14日の官邸での会見でも示されていた。その会見で首相は「政府としては、病床の確保、高齢者施設における療養体制の支援、検査体制の強化、治療薬の確保など医療体制を維持・強化しながら、引き続き最大限の警戒を保ちつつ、社会経済活動の回復に向けた取組を段階的に進める」と述べ、感染者数は増えても、重症者数や死亡者数が少なく、病床使用率も低い水準にあると強調した。「新たな行動規制は現時点では考えていない」といい、状況がさらに悪化すれば新たな行動制限も検討すると示唆したのだが、首相は7月末までこの強気路線を変えようとはしなかった。首相の強気を支えてきたのは、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会(尾身茂会長)で、同分科会は7月14日の会合で「第7波に向けた緊急提言」をまとめたが、中身はワクチン接種の加速や効率的な換気の勧めなどで、新味はない。コロナ対策が経済活動の足を引っ張ることを恐れる政府の意向を忖度して、「行動制限は医療ひっ迫が起きたあとの手段」とする空気が分科会を支配し、行動制限など思い切った抑制策については議論すらされなかったとみられる。
尾身会長は7月24日のNHK『日曜討論』で、「今後はオミクロン株に合わせた重症対応に重点を置いた柔軟な対策に加えて、感染拡大のピークを少し下げることが必要」といい、リモートワークの推進などが重要だと述べたが、個々の国民が自助努力で「大人数の会食」や「混雑した場所」「換気の悪い室内」などを今まで以上に徹底して避けることが必要だと強調し、行動制限を伴う政策などは語らなかった。むしろ「従来は国や自治体が国民にお願いして国民が従うというフェーズだったが、今は一般市民が主体的に自分で判断していろいろと工夫するフェーズに入った」と、政府や自治体主導に否定的な考えすら示した。
医療従事者の確保で失敗
政府対応が遅れる中、7月27日には全国の新規感染者が20万9000人を超え、病床の使用率が18府県で50%以上、うち7県で60%以上になったことがわかり、医療ひっ迫が顕在化してきた。翌28日には全国の新規感染者が23万人台に達した。厚労省の専門家組織「アドバイザリー・ボード」(脇田隆字座長)も27日の会合で「社会活動に影響が出ている」ことを認めた。 オミクロン株は重症化率が低いから、感染が拡大しても医療提供体制は大丈夫だと考えてきた医療関係者からも「かつてない医療ひっ迫の事態に陥る危険がある」といった不安の声が上がるようになった。 特に医師らが危機感を募らせたのは、看護師や医師の感染拡大で医療従事者が確保できなくなる医療機関が増え、病床のひっ迫が予想以上に早く進んだことだ。東京都内の高齢者向けのワクチン接種会場で筆者が会った医師の一人は、「今までは医療従事者へのワクチン接種が最優先されてきたのに、今回はどういうわけか、遅れてしまった。それが医療従事者の感染拡大と人手不足を招いている」と、政府の判断ミスと接種の遅れを嘆いていた。要するに、「ウィズコロナ」の前提条件も整っていないのに、「経済を回せ」「コロナもだんだんとインフルエンザ並みの病気になるはず」といった掛け声や見通しに引きずられて発熱外来や検査の拡充、ワクチン接種の前倒しといった条件整備ができず、後手に回ってしまったというのが実態だ。
世界保健機関(WHO)が27日に発表した新型コロナウイルスの世界の感染状況に関するレポートによると、日本の新規感染者は直近の1週間の合計で121万1381人を数え、米国の85万6,441人を一気に上回り世界最多となった。米ジョンズ・ホプキンス大の集計でも、日本の1日当たりの新規感染者数(直近7日間の平均)は7月26日現在で約17万6000人となり、米国の約12万9000人を抜いた。日本の感染爆発がなぜ各国よりひどくなってきたのかは不明だが、こんな調子では、首相の楽観論とは裏腹に感染拡大で消費や生産に予想以上のブレーキがかかり、社会経済活動に大きな犠牲が出そうだ。
医療崩壊でも「経済回せ」か
国際通貨基金(IMF)が7月26日に発表した世界経済見通しによると、2022年の世界経済の成長率は前回(4月発表)の見通しよりも0.4ポイント下方修正され、前年比3.2%となった。ロシアによるウクライナ侵略とそれに対する経済制裁、エネルギー・食糧価格の高騰などのため各国の経済は大きな打撃をこうむっている。しかも長い間世界経済を引っ張って来た中国が経済停滞に陥った様子が明らかになって来た。22年の成長率は米国が1.4ポイント低い2.3%に引き下げられ、中国は1.1ポイントの下方修正で3.3%。日本は同0.7ポイント減の1.7%となった。
この見通しには日本でのコロナ感染第7波の急拡大は反映されていない。新型コロナ感染者が爆発的に増加している状況を考えれば、消費などの先行きは厳しい。感染抑制のための有効な対策が採られなければ、経済の悪化は避けられない。
IMFの世界経済見通し(7月発表分)=IMFホームページから
若年層にとってコロナはインフルエンザ並みの症状で済む場合が多い、とも言われる状況もあるが、インフルエンザなら近所のクリニックで検査が受けられ、特効薬をすぐ出してもらえる。しかし、コロナはそうなっていない。ワクチン接種率をさらに引き上げることに加え、緊急事態宣言などの行動制限措置の発動も機動的に実施して新規感染者の増加を抑え込んで時間をかせぐうちに医療体制を立て直すしかないのではないか。それは一時的に社会経済活動を損なうことになるが、中長期的に見れば経済を生かすことにつながるし、今は何よりも医療崩壊で命を落とす人を一人でも多く救うことが求められる状況にある。
医療崩壊の瀬戸際でも、「経済を回せ」の合言葉に縛られてそうした判断ができないというのでは、社会と経済の被害は大きくなるばかりだ。
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