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元首相の「頼み」を断れるか?―英国の「お仲間政治」

在英ジャーナリスト  小林 恭子

 「今日、どこかの時点で少し話せるかな? いつでもこの番号にかけてくれよ」。
 昨年4月3日午後3時22分、こんな文面のテキスト・メッセージが英国のリシ・スナク財務相の私用携帯電話に送られてきた。送り手は、2016年夏まで首相だったデービッド・キャメロン氏である。
 その数分前の午後3時14分、キャメロン氏は財務省事務次官にテキストを送り、「5分ほど、話せないかな?」と聞いたばかり。
 執拗に、しかも財務相の私用電話にまで「話をしたい」と持ち掛けた案件とは、一体何なのか?

  キャメロン氏、顧問の会社に便宜を依頼

 昨年3月23日、新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するため、ジョンソン政権は全国的にロックダウン体制を敷いた。不要不急の外出が禁じられ、経済界は大きな打撃を受けた。
 この時、政府は大規模な緊急経済対策を繰り出した。企業支援策の1つが、優良企業が低金利で融資を受けられる仕組み「COVID企業金融ファシリティー(CCFF)」である。財務省とイングランド銀行が共同で運営し、大企業の資金繰りの流動性を高めることを狙った。CCFFへの参加は企業からの申請による。
 キャメロン氏の案件とは、自分が顧問役となっていた新興金融サービス業「グリーンシル・キャピタル」をCCFFに参加させることだった。
 グリーンシル社はオーストラリア人のレックス・グリーンシル氏が2011年に起業した。テクノロジーを使って企業間の支払いを代行し、金銭のやり取りを迅速化する「サプライチェーン・ファイナンス」の金融商品化で一気に成長した。
 若干43歳で首相となったキャメロン氏(在職2010-16年)は、民間ビジネスの活力を政府省庁に取り入れる方針の下、当時の官房長官の紹介で内閣の特別顧問となったグリーンシル氏を歓迎し、2012年、サプライチェーン・ファイナンスをフィンテックの目玉の1つとしてプッシュした。このサービスは国営の「国民医療サービス(NHS)」の一部で使われることになる。
 グリーンシル氏は2017年、「経済への貢献」を評価されて大英勲章第3位(CBE)の叙勲を受けている。
 キャメロン氏は首相退任から2年後の2018年、グリーンシル・キャピタルの顧問役となり、同社の株も所有した。顧問役としての報酬は首相時の年収約16万ポンド(約2460万円)より「はるかに大きい額」だったと認めている。もし株を手放せば、約90億円の収入を得るという報道も出た。

  やり取りのメッセージを公開

 昨年春の話に戻ると、グリーンシル・キャピタルをCCFFに入れる計画はなかなか先に進まず、キャメロン氏は猛烈なロビー活動を行うようになった。
 活動が特に活発化したのが、4月3日。スナク財務相へのテキスト・メッセージはこうだった。
 「リシ、デービッド・キャメロンだ。今日、どこかの時点で少し話せるかな?いつでもこの番号にかけてくれよ。財務省がCCFFをサプライチェーンの会社に適用したがらないんだ。ひどいよね・・・グリーンシル・キャピタルは英国のフィンテックの成功例だよ(それに自分が支援している会社でもある)・・・誤解があるんじゃないかな。説明させてくれ。ありがとう」。
 この後、キャメロン氏は財務省の高級官僚、官邸顧問、閣僚らに合計9つのテキストや電子メールを送り、午後7時前にスナク氏からのメッセージを受け取った。
 「デービッド、メッセージ、ありがとう。今電話で手が離せないんだ。今晩かけてみるよ。もし遅くなるようだったら、朝一でかける」
 午後7時5分、キャメロン氏が返事を送る。「朝一でいいよ。どれほど忙しいか、想像できるよ。君は素晴らしい仕事をしている。頑張れよ。明日、話そう」。
 翌日午前8時13分、キャメロン氏は2つのテキスト・メッセージでグリーンシルのビジネスを説明する文書を流し、14分、「「いつでも話せるから」とテキストを送った。
 この後、二人はグリーンシル案件について電話で話した模様だが、そのやり取りは公開されていない。
 最終的にイングランド銀行の判断でCCFFへのグリーンシルの参加は不可となるが、3月上旬から不成功が分かるまでの6月末の間に、キャメロン氏は財務相やほかの閣僚、財務省官僚、官邸顧問などに対し45以上のテキスト・メッセージや電子メールを送り、携帯電話でダメ押しをした。
 今年3月上旬、グリーンシル社が資金繰りの行き詰まりから経営破綻すると、複数の新聞メディアがキャメロン氏についての疑惑を報道しだした。元首相という立場を不当に使ってロビー活動を行い、巨額の利を得ようとしたのではないか、と。

  閣僚は退職後のロビー活動に制約

 「ロビイング」は企業、団体、個人などが個々の利益の擁護・増大のために議員や政府当局に対し影響を及ぼそうとする活動を指し、これ自体は違法ではない。
 しかし、閣僚の私用電話に直接連絡を取り、政府案件を進めるというのでは、到底公正には見えない。しかも、ロビー活動の透明化を規定する新たな法律の施行(2014年)の道を作ったのは、キャメロン氏自身だった。
 グリーンシル・キャピタルの破綻発覚後、キャメロン氏のロビー活動の合法性や関連事情を解明するための調査が次々と行われることになった。
 先の新法に基づいて発足したロビー活動者の組織「Office of the Registrar of Consultant Lobbyists」はキャメロン氏の活動に違法性はなかったと結論付けたが、下院の財務問題委員会、公会計委員会、金融機関の監督庁「金融コンダクト・オーソリティー」などの調査が続く。これまでに紹介したテキスト・メッセージなどのやり取りは財務問題委員会とスナク財務相が公開した文書による。
 政治家及び高級官僚が退職後に職を選択する際、「ビジネス任命諮問委員会(略称Acoba)」のガイドラインを参照するように言われる。例えば閣僚が新たな職に就く際は3か月の期間をあける、また退職後2年間は政府に対するロビー活動を行うことはできない。
 しかし、ガイドラインはあくまでもアドバイスであり、これを守らなかったときにAcobaは罰金の支払いなどの制裁を科すことはできず、違反者が少なくない。ジョンソン首相自身が外相の職を辞任後、すぐに大手新聞のコラムニストになった。
 5月、先の2つの下院委員会の公聴会に出席したキャメロン氏は、ロビー活動についての2年間ルールは「元首相の場合は、短すぎるかもしれない」と述べ、見直しに賛同する意向を示した。同時に、ロビー活動では「私用電話ではなく、正式なルートを使うべきだった、反省している」。政府閣僚に個人的に連絡する方法を取ったことについては、コロナ危機が発生した「緊急事態」であったために正当化されると説明した。


グリーンシル・キャピタル社は3月8日、管財人の手に渡った
(グリーンシル・キャピタルのウェブサイトより)

  「自分たちは特別」の意識

 キャメロン政権、ジョンソン政権(2019年7月から現在)は裕福な家庭で育ち、名門校で教育を受けたエリート層が仲間うちで人事やビジネスの機会を分け合う「お仲間政治」が特徴と言われてきた。
 キャメロン氏とスナク財務相の間のメッセージのやり取りを見ていると、まさにお仲間政治である。元首相からメッセージをもらい、スナク財務相が「公式なルートを通してほしい」とは言いにくい気持ちは理解できなくもない。未公開の電話での会話では筋を通す発言をしているかもしれない。しかし、テキストのやり取りだけを見ると、「よし、わかった、何とかするよ」と同意している印象を与える。大きな違和感を感じるのは筆者だけではないだろう。
 少なくとも当初、キャメロン氏は私用電話に連絡すること自体をおかしいとは思っていなかった。公式ルートではないことを自認しつつも、「自分だけは・自分たちは特別」という思いがあったのだろう。「お仲間政治」の打破が英政治の大きな課題となっていることが如実となった事件だった。

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