東欧で、ワクチン接種率はなぜ低い?
在英ジャーナリスト  小林 恭子
欧州に注目すると、2回接種済みの人はポルトガルでは90%を超えるが、ブルガリアでは29%で、欧州平均の64%をはるかに下回る。(いずれも2月中旬時点、「ワン・ワールド・イン・データ」による。以下同)
2月3日、オーストリア・ウィーンに拠点を置く記者クラブ「プレスクラブ・コンコルディア」が主催したオンライン・イベント「欧州のコロナワクチン接種率の成功例と失敗例」で、欧州に住むジャーナリストや学者たちが低接種率の背景事情について報告した。
政府への信頼度が極端に低いスロバキア
欧州全体の接種率ランキングで、平均以下には東欧の国がいくつも並ぶ。第二次世界大戦後に社会主義体制を採用し、かつてはソビエト連邦(1922-1991年)の衛星国と呼ばれていた諸国だ。具体的にはポーランド、旧チェコスロバキア(現在のチェコとスロバキア)、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、旧ユーゴスラビアなど。チェコスロバキアは、1989年12月、民主革命によって共産主義体制を終焉させた。1969年に連邦化されたが、1993年、チェコとスロバキアの2つの独立国となった。
スロバキアのワクチン接種率は50%。コメンスキー大学のリヒャルト・コラー応用数学・統計学教授は、欧州の平均より低い理由として、政府への信頼度をまず挙げた。
英国事情スロバキア・コメンスキー大学のコラー教授
(イベントのZoom画像)
欧州連合(EU)加盟国の世論調査「ユーロバロメーター」によると、「スロバキアでは政府への信頼度が24%で、EUの平均46%の半分だ」。国会、ほか大きな組織に対しても、国民は不信感を抱くという。
大手メディアも「大組織の1つ」として認識されるので、ワクチン接種を勧める報道は「偏向している」と国民は受け取る。
もともとは、多くの国民がワクチン接種を望んでいた。しかし、当初、「野党幹部らが接種に反対し、接種を拒否」。ワクチンの接種拒否が一つの政治行為としてお墨付きを得た。
EUのワクチン対策も裏目に出た。EUは加盟27か国すべてが同じ条件でワクチンを入手できるようにするため、EUが一括購入をして、人口に応じて各国に分配する方針を取った。しかし、需要の高さに追いつけなくなったり、製薬会社側の生産が遅れたりして、供給が滞ってしまった。
スロバキアでは、当初配分されたファイザー社製が足りなくなり、ロシアの「スプートニクV」を購入する羽目に。ところが、国内の科学者や医療関係者がスプートニクVの安全性に疑問の声をあげた。欧州政界ではアストラゼネカ製の安全性についても懸念が表明され、大きな政治問題化した。「国民はどうしたらいいのか、わからなくなった」。
「ワクチン=危険なもの」という認識が広がる中、「EUは指導力を示すことに失敗した」とコラー教授はいう。国内の政治や報道機関への信頼感が低く、ワクチンへの懸念を高めるスロバキアの国民に対し、「国内機関の上にある当局」が「ワクチンは安全だ。接種するべき」というメッセージを積極的に出すべきだったのに、「支援はゼロだった」。
大量の医療関係者の移住
接種率が42%のルーマニア。同国の雑誌「フォーリン・ポリシー」の編集長オアナ・ポープ・ザミフィル氏も、低接種率の理由の1つは政府に対する不信感だという。「政権担当者は国民のためではなく、自分の私利私欲のために動いている」という認識が国民の間で根強いという。このため、「政府が急にワクチン接種を推奨しても、自然にその意図を疑ってしまう」。「医療体制への信頼度も低い」。医療サービスへの投資が低い状態が続いており、近年は「大量の人数の医療・ヘルスケア分野で働く人が海外に移住しており、裕福な家庭にいる人でなければ、質の高い医療サービスにアクセスできない」。ザミフィル氏によると「ルーマニアの医療体制は崩壊していると言ってよい」。
1989年のソ連崩壊で共産主義から抜け出したルーマニアだが、「共産主義の管理が非常に強かったので、多くの国民が自由の意味を十分に理解していない」。自由とは「完全な自由」であって、「社会的責任を伴う自由」であることを理解していないという。
EUの世論調査では「社会への信頼度」で末尾に来るのがルーマニアで、「政府や組織を信用しないばかりか、他人を、つまり社会を構成する互いをも信用しない」。
「コロナの感染を防ぐため、国民全員で協力していこう、ワクチンを接種しよう」という動きができにくいのだという。
低接種率の国、3つの共通点
ザミフィル氏に続いてブルガリアの状況について語ったのは、新ブルガリア大学のエヴゲニ・ダイノヴ教授である。ワクチン接種率が低い旧東欧諸国には「3つの要素」が不足しているという共通点があるという。1つ目は「民主主義文化が非常に弱いこと」。民主主義の中心になるのは「事実を基にした、議論」だと教授は言う。「議論の後に結論に達し、物事が動いていく」。
しかし、ブルガリアを含めた低接種率の東欧諸国では、議論の土台にある「何が事実か」で意見が一致しないという。「合意された事実を基に議論が発生するのではなく、独自の主張を持つ人がそれぞれ自分の論理を展開するだけだ」。
2つ目は「社会的連帯感」。ブルガリアは、スロバキアやルーマニアと同様に、1989年、共産主義体制を終焉させ、民主国家となった。「その前に45年間続いた共産主義政権は『国民間の連帯を破壊する』政策を展開した」。もし国民同士が連帯すれば、政権を司る「共産党を批判する動きが生まれるかもしれないからだ」。
ダイノヴ教授は、ブリガリアには「ルーマニアと同様に互いに対する不信感」が存在し、これがコロナ対策で国民が一丸となる動きを阻害するのだという。
3つ目の共通点は「政府に対する非常に大きな不信感」だ。
政府への不信感は専門家への不信感にもつながる。「米国のトランプ前大統領による『当局・専門家を信じるな』というメッセージの影響も強い」。例えば、ブルガリアのテレビに医療専門家が登場し、ワクチンを勧めるとき、「この人は政府からお金をもらって、政府のプロパガンダでこう言っているのだ」と受け止める視聴者がいるという。
新型コロナワクチンの開発を世界に先駆けて発表したロシアでも、接種率は約50%。ロシアの国立研究大学高等経済学院の準教授ディミトリ・ドュブロヴスキー氏によると、接種率の伸び悩みには「複雑な要因がからんでいる」が、ロシアには「ソ連時代の遺産」が残っているという。ソ連崩壊以降、「国民は国家権力による統制から抜け出ようとしてきた。コロナの感染拡大を防ぐために国家がロックダウン規制を敷いたり、ワクチン接種を勧めたりするとき、人々はこれを避ける方向に動く」。
イベントでは、接種率が高いポルトガルやデンマーク(81・3%)の状況報告もあった。接種が進んだ大きな理由の一つに政府及び医療関係者への信頼感があった。
政治家やメディアばかりか、互いに対する信頼感さえ失った社会をどう立て直すのか、果たして立て直すことができるのか。ワクチン接種率の高低をはるかに超えた問題が見えてきたイベントだった。
イベント動画は以下から視聴できる
https://concordia.at/successes-and-failures-of-covid-19-vaccinations-rates-in-europe/
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