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「コロナ感染」した私が「同居介護の母」と過ごした4日間

キャスター  駒村 多恵

 「のどがちょっと痛い」
 いま振り返れば、これが“異変”の始まりでした。10月30日、土曜日の夜のことです。
翌日、馴染みの耳鼻科で風邪薬をいただきました。熱があるわけでもないし、去年だったらこれでお終い。普通に仕事に行っていたと思います

 けれど、今年はコロナが騒がれていたので、あくまで念のためにという気持ちで自費PCR検査を受けました。届いた結果のメールを開いたら、何と「陽性」の文字。え?嘘でしょう!?

 頭に浮かんだのは、私のせいで仕事仲間や友人、そのご家族まで感染させてしまったらどうしようという不安。
そして、家で一緒に暮らしている、介護が必要な82歳の母のことでした。

  誰が母を病院に連れて行ってくれるの?

 感染が判明して、まずしなければならないのは、保健所に行動記録を伝えることです。これは濃厚接触者を特定するために重要です。自分がいつどこで誰と接触し、それがどのぐらいの時間、距離だったのか。部屋の広さや換気の状況など、保健所の調査内容は事細かで、最初の電話で1時間半ぐらいかかりました。

保健所の方は私と接触した人にも電話で聞き取りをし、また私のところに電話をかける。それを何度か繰り返します。1回20分ずつぐらい話をするので、保健所の方の負担は大きく、すごく大変だと思いました。


※画像はイメージです

 同時に、私は仕事先など20件ぐらいに電話し、コロナに感染したこと、ご迷惑をおかけすることをお詫びしました。保健所からの聞き取り調査に応じた人からは記憶を確かめるための事実確認の電話が相次ぎ、誰かと電話をしていると常に不在着信があるので、折り返し、また不在着信を折り返す…それを繰り返す間に携帯の充電がなくなり、ずっと夜中までコンセント横で充電しながら電話しているような状態でした。

 本来、喉が痛くなると、薬よりも喋らないことが何より大切なのですが、このまま声が出なくなって復帰できないのではないかと怯えるほど、喉を酷使し続けました。しかしながら、陽性になってから自分が出来ることはこの行動記録を正確に明らかにすることだけです。コロナになると単なる風邪のように療養していれば良いというわけではありません。感染拡大を防ぐために大切なこと。ここは必死に対応しました。

 更に、時を同じくして自宅で介護している母をどうするかという問題にも直面していました。
 母は要介護5の状態で、平日の昼間はデイサービスに行ってもらい、帰宅後は私が一人でケア。休日は一日中一緒にいます。
自分では歩けず 体を支えることもできないので、ベッドから車イスへ移したり、トイレの介助をしたり、頬と頬がくっつくくらいの距離感で介護をしています。

 一緒に自宅にいるとなれば、感染リスクは高まる。その場合、高齢の母が重症化する可能性はかなり高いと思わざるをえません。
 保健所に相談したところ、「コロナ関係者を受け入れている病院に一緒に入院するのはどうか」という提案をいただきましたが、病院に電話すると、私は軽症なので入院の対象外。

 母を訪問診療してくださっている病院に問い合わせると、「たまたまベッドに空きがあります」というラッキーな返事。「母は隔離入院し、私はホテルで療養する」ことにしました。
 ところが、「更なる困難」が待ち受けていました。それは濃厚接触者と特定された母をどのようにして病院に運ぶかという「搬送の問題」です。

  「防護服がない」

 実はもし私が感染したら母をどうするか、8月にケアマネージャーさんとシミュレーションをしていたのですが、その時、搬送が一番の問題だと話していました。その時はいつも通所しているデイサービスの送迎担当の方に、デイの防護服で対応してもらえるかもしれないということでそれ以上詰めていなかったのです。いざ直面すると、デイの方は送迎すると言ってくださったのですが、会社本部から許可がおりず、断念せざるを得ませんでした。

 保健所に相談したところ、タクシー会社を紹介してくださったのですが、車イス対応ではありませんでした。普通のタクシーでは母は一人で乗り降りすることは出来ません。
 母には付き添いが必要ですが、私は陽性なので家から出られない。ケアマネジャーさんは、濃厚接触者の介助をすると2週間仕事ができなくなるという規定があるので難しい。

 介護タクシーを探しても「防護服がない」と断れてしまいます。防護服があってなおかつ車イス対応をしてくれる搬送サービスを、ケアマネジャーさんと手分けして必死に探しました。
 母をようやく病院に搬送してもらったのは11月4日。陽性が判明した日からそれまでの4日間は、自宅で母と二人で過ごすことになったのです。

  食べるものがなくなった!

 母への感染を防ぐための対策として、まず寝室を分けました。陽性になってからではなく喉の痛みを覚えた時からです。マスクは24時間二人とも着用。トイレの換気扇は24時間つけっぱなしで、換気タイムを定期的に設けるなど、部屋の換気にも心掛けました。消毒も電源スイッチやリモコンはもちろん、手すり、ドアノブなどをこまめに行いました。

 陽性と判明してからは、家から一歩も出られません。PCR検査の検体を託すため、知人に取りに来てもらった以外は、全く二人きりの生活でした。

 保健所への連絡やお詫び電話でバタバタしている中、お米が切れていることにふと気づきました。食べるものがなくなっていたのです。
 私は週末に買い物をして料理の作り置きをするのですが、のどが痛くなったのが土曜日で、買い物にも行っていませんでした。

 家の中に何かないか。ようやく見つけたのが、非常持ち出し用の袋の中にあったアルファ化米(お湯を入れると膨らむお米)。あとはミニトマト、たまたま茹でていた枝豆でしのぐという感じでした。


※画像はイメージです

  ひたすら祈っていました

 自宅にいた4日間、私が感じていたのは罪悪感でした。
 私と会っていた人たちとその家族は、「もしかしたら感染しているのでは」という不安と恐怖にとらわれていたと思います。そのことを思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

 「みなさん、今日は大丈夫かな」「体調を崩す人がいたらどうしよう」と心配になり、「どうか皆さんが元気でいますように」と、ただひたすら祈っていました。

 職場へどのくらいの影響が及ぶだろうか、という不安もありました。
 私と接触歴のある人たちは、濃厚接触者かどうかの判断が下るまでは、出勤停止となってしまいます。
 ある方は仕事先の人から「急に休まれたら困るんだよね」と言われて謝罪したそうです。私のせいで精神的にも嫌な思いをさせてしまったのみならず、その方はフリーランスでしたので、収入も途絶えさせてしまったわけです。

 アナウンサー・チームにはピンチヒッターで仕事を代わってもらったり、消毒作業をした仕事場もあったり……数え上げたらきりがないほどたくさんの迷惑を周囲にかけてしまいました。

 母に対しても、命を脅かしてしまったことに落ち込みました。もし感染していたら、二度と会えないかもしれない。
 これまで私は最愛の母が末永く元気でいられるように 様々なケアプランを考え、母はそれに応えて懸命にリハビリに励んできました。シングル介護でもなんとか保っていた幸せな日々を自ら壊してしまうことになるのです。今生の別れには絶対にしたくない。送り出す際は必ずまた会えると信じて、ビニールを被った搬送サービスの方に車椅子を押される母の後ろ姿を見つめ、祈るような気持ちで送り出しました。

 一人になって少し時間が出来ると、再び心配が押し寄せます。ホテルに入ればもっと時間が出来る。すると精神的に更に追い込まれるのではないかと考え、家の環境を出来るだけ再現するような、いつもの出張用の荷物に加えてリラックスするものや没頭するものなどを加えました。入念な荷造りの後はガスレンジフードを掃除したりして、無になる作業をして過ごしました。

  ホテルへ、そして仕事に復帰

 4日に入院した母は、すぐPCR検査を受けました。なかなか結果が出ない中、陰性とお電話をいただいた時は心から安堵し、おいおいと泣きました。

 5日からホテル療養に入った私はほぼ無症状に近かったので、特別な治療もありません。もはや他人への感染の恐れがなくなったと認められる「発症日から10日間経過」という厚労省の退所基準をクリアしたことで、9日にホテルを退所。出る際にPCR検査もなく、公共交通機関で帰宅しました。
私が帰宅した翌日に母も家に戻り、おかげさまで元気です。

 私は12日に仕事に復帰したわけですが、コロナに感染して、これほど多大な影響やご迷惑を周囲に与えることになるとは想像もしていませんでした。

  備えておくことのススメ

 感染後は無力さばかりを感じていましたが、私が唯一できたのは行動記録を伝えること。そのために日頃から行動記録をしっかり取っておくことが大切です。
あとは体調の異変に自分が気付けるように意識しておくこと。そして、ちょっとの“異変”を感じた時は周りに伝える。それは勇気のいることですが、それを許容する周りの環境も大事なことだと感じました。

 保健所からの聞き取り調査に応じた人の中には、保健所の方から「これからも多恵さんとまた一緒に仕事していただけますか?あたたかく迎えてあげてください」と言われた方もいました。保健所の方がこんなに感染者のことを気遣ってくれるんだと感謝したのと同時に、私は職場に恵まれて元通り働けていますが、このような質問があるということはそうではない方が少なからずいるのではないかと思いました。周囲の理解が進むことも願います。

 結果、思うようにいかなかったことはたくさんありましたが、シミュレーションをしておいて良かったと思います。問題点を書き出し見える化したことで、感染して難題にぶつかったときも次の一手を思いつきやすかったように思います。皆さんには現実にならないことを願いますが、もしコロナにかかったらどうするか、今から備えておくことをお勧めします。


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