ゲスト様

2020年4月号

事、足りれども

テレビ屋 関口 宏

 新型コロナウィルス騒動の中、初めてネット会議なるものを経験しました。万が一の事が起これば、担当する番組そのものの継続が危ぶまれると言われ、事務所のパソコンの前に座りました。画面には2分割、3分割された映像の中に見慣れたスタッフの顔が写っています。普段なら20数名のスタッフが会議室に集まるのですが、パソコンの台数に限界もあるのか、限られた数名のスタッフとのやりとりになりました。
 「おぅ・・・・なんか変だなぁ」「そうですねぇ・・・・・これで成立しますかね?」「しょうがないだろう、濃厚接触を避けなきゃいけないのだから」。こんな感じでネット会議が始まりましたが、中にはガタがきているパソコンも紛れているのか、時々音声が途切れたり、画面が乱れたり、また映像に映らないスタッフ(パソコンから離れた所にいるのでしょう)の声の主が誰だか分からなかったりして、スムーズには進みません。そんな状況を半分面白がりながらもなんとか話を進めて会議らしきものを終えました。


 しかし、「何だかなぁ・・・・・」とスッキリしないものが残りました。初めてだったので不慣れもあるでしょうし、音声や映像の問題は技術的な事なのでどうにかなるのでしょう。そして結果的には大筋では話がまとまったものの、矢張り何か違う、何か足りない感は拭えませんでした。

 今回の新型コロナ騒動の中、自宅でのテレワークを強いられた方も多いでしょう。またネット会議も盛んに使われていることでしょう。休校になった学校でもネットによる授業が行われたようですから、私と同じような経験を初めてされた方が沢山いらっしゃる、いや、私が時代に遅れていたのであって、もうとっくにこの技術は使われていたのでしょう。

 それでも今回のことで、私のような初体験された方も多いはず。ということは、ネットの便利さを更に多くの人が知る機会を、皮肉にもコロナがもたらしたということになりそうで、ネットを使った仕事や会議、授業がこれから一層加速することになるのかもしれません。交通費もかからない、通勤・通学時間も節約できる等々、メリットが多いとなれば、その方向に時代は進んでゆくのでしょう。

 でも「何かスッキリしない感」の正体は何なのでしょう。私の独断的解釈で言うなら、それは「場の共有感覚の希薄さ」だと思われるのですが・・・・・

 私達の会議でいうなら、広く場全体を見渡して感じる共有感。同じ「空気」の中で、それぞれの目と目を交わし、共にある楽しさ、嬉しさ、安心感のような感覚を共有しながら事を進めてゆく面白さが、ネットには全くないとは言いませんが、一つ一つが希薄だと感じたのです。

 いっとき「空気を読む、読めない」という言葉が盛んに使われた事がありましたが、付和雷同的な身の処し方には賛同できませんが、「場の空気を読む力」は、実は大切な感性だと私は思っています。「場の空気」はいつも一定ではありません。人々が集まり醸し出される「空気」。その「空気」が事の成り行きを左右して、上手くゆくならいいのですが、とんでもない方向に走ってしまう場合もあるのです。その「空気」を感じとりながら集う面白さが、どうもネットには希薄な気がしてスッキリしなかったと思われます。

 一人で十分こなせる仕事とか、知識を学ぶ勉強には向いていると思われるネットの利用。この新型コロナ騒動の治まった後には、オフィスや学校のあり方が変わって行きそうです。それはそれで新時代が始まるのかもしれませんが、同じ「空気」を共有する「集い」の大切さも忘れないでほしいと願っています。

       テレビ屋  関口 宏

関口 宏

テレビ屋

3代にわたる江戸っ子(祖父は神田の火消し、父は映画俳優、佐野周二)。
昭和38年NET(現テレビ朝日)シオノギ劇場「お嬢さんカンパイ」でデビュー。フジテレビの「スター千一夜」の司会を務めた後、TBS「クイズ100人に聞きました」「わくわく動物ランド」「関口宏の東京フレンドパーク2」「サンデーモーニング」、読売テレビ「ワンダーゾーン」「どっちの料理ショー」、日本テレビ「知ってるつもり!?」など幅広いジャンルの番組で司会者として活躍。
 一方で、昭和52年には小柳ルミ子「星の砂」の作詞で日本作詞大賞作品賞を受賞。2012年に文藝春秋社から「テレビ屋独白」(文藝春秋)出版。

現在出演中番組
TBS:「サンデーモーニング」(日曜8:00~9:54)
BS−TBS:「関口宏のもう一度!近現代史」(土曜12:00〜12:54)

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