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日本人を病気にする?五輪中止

塾長  君和田 正夫

 1964年の東京五輪について、日本の作家たちの文章が「東京オリンピック 文学者の見た世紀の祭典」に収められています。開会式について三島由紀夫はこう書きます。
 「オリンピック反対論者の主張にも理はあるが、きょうの快晴の開会式を見て、私の感じた率直なところは『やっぱりこれをやってよかった。これをやらなかったら日本人は病気になる』ということだった」
 「日本人は病気になる」とは言い得て妙。思わずニヤリとしました。五輪を夏に控えて中止か延期か決行か、悩むだけで病気になりそうな菅内閣ですが、過去の五輪を調べていたら思いがけず、40年前のジョー・バイデンの名前に突き当たりました。

  独裁者を支持するIOC会長たち

 「アメリカでは、ドーピングの事実が絶えず発覚しているが、同国の陸上競技連盟からもアメリカオリンピック委員会(USOC)からも一切調査の動きはない。アメリカのドーピング・スキャンダルを表面化させ、ステロイドの副作用が最悪の場合どうなり、どれほど悲惨であるかの実証を世間に示すためには、ジョー・バイデン上院議員の司法委員会からの働きかけが必要だった」
 バイデン現米国大統領の働きかけでドーピングが表ざたになった。では隠ぺいしたのは誰か。「黒い輪 権力・金・クスリ オリンピックの内幕」という、30年前に書かれた本の中で著者たち(ヴィヴ・シムソン、アンドリュー・ジェニングズ)は次のように書いています。
 「IOC(国際オリンピック委員会)のサマランチも、国際陸連のネビオロも、ベン・ジョンソンのスキャンダルの調査を行わなかった」
 サマランチとはIOC第7代会長のフアン・アントニオ・サマランチ(スペイン)、ネビオロとは国際陸上競技連盟第4代会長のプリモ・ネビオロ(イタリア)。2人とも国際スポーツ界で権力をほしいままにしていた大物です。バイデン議員は1981年に司法委員長になっていました。
 ベン・ジョンソンは1980年代に活躍したカナダの短距離ランナー。100メートルで9秒台を記録しましたが、ステロイドを使ったドーピングで、国際陸上競技から事実上、永久追放されました。
 私たちは五輪を「平和の祭典」として拍手で迎えますが、暗い歴史について語られることは多くありません。

  なぜ続く21年間の長期政権

 例えば、サマランチがスペインのフランコ独裁政権を支持し続けたことは有名な話です。「黒い輪」には次のように書かれています。
 「サマランチは最後の最後まで独裁者に忠実だった。フランコの健康は1975年に入ると衰弱の一途をたどったが、サマランチは沈みかけた船を見捨てなかった。1月26日、すでにIOC副会長のサマランチは、青シャツを着て、ファシストによるバルセロナの“解放”を祝う例年の祝典を指揮した。いつもどおり、右腕を挙げてファシストの敬礼をする彼の姿が見られた」
 1980年に会長に就任したサマランチは2001年にロゲに会長職を譲るまでの21年間、トップに君臨しました。なぜ21年間も会長を続けられたのでしょう。なぜファシスト支持を問われることなく会長職を続けられたのでしょう。そうした「なぜ」は曖昧なまま時間とともに薄れていきます。

 長期間、権力を握りしめていたのはサマランチだけではありません。IOCの第5代会長アベリー・ブランデージも1952年から1972年まで20年の長きにわたって会長の座にありました。スポーツ文化評論家の玉木正之氏が「ZAITEN」2月号「今月のスポーツ批評」という欄で次のようなことを書いています。
 「日本のメディアはまったく報じていないが、コロナどころではない(と言っても過言ではない)IOC(国際オリンピック委員会)を揺るがす大問題が生じている」。
 要約して紹介すると、大問題というのは、20年秋に「サンフランシスコ・アジア美術館」が施設内に設置していたブランデージの胸像を撤去したことです。BLM(黒人の命も大切だ)運動で彼は『人種差別主義者・女性差別主義者・反ユダヤ主義者・植民地主義者』として告発されました。

  「ニューヨークタイムズはユダヤ人支配」

 ブランデージは日本で二度開催された64年の東京五輪、72年の札幌冬季五輪の時の会長でした。68年のメキシコ五輪では陸上200メートルで金メダルと銅メダルを取った2人の黒人選手を五輪から追放するという処分をして問題になりました。2人のメダリストが差別に反対して表彰台上で手を突き上げた行為(ブラック・パワー・サリュート)が「内政問題に関する政治的行動」だったという理由です。
 政治に翻弄される五輪を象徴するのは1936年のベルリン大会でした。日本では最初に聖火リレーを行った大会として知られていますが、ユダヤ人弾圧に対する国際世論のボイコット運動の中で開かれた“挙国一致”の大会でした。ヒトラーは米国五輪委員会の会長だったブランデージに「ユダヤ人は公正に扱われている」と報告させ、五輪を開催に導いたのです。ブランデージはヒトラーを称賛し、後のIOC会長になる人物に「ニューヨークタイムズはユダヤ人によって支配されています。(略)ボイコット運動は彼らユダヤ人によって始められたのです」という手紙を送った、と玉木氏は記しています。

 ブランデージにしてもサマランチにしても、独裁者を支援した人たちが、独裁者の死後もなぜ長期間、オリンピックの主導者でありえたのか。五輪誘致・開催に巨額の「おカネ」が動くと言われています。その金はどこに流れ込んでいくのか。五輪の歴史に横たわる巨大な謎です。IOCは非営利団体です。4年に一度の大会のために、想像を絶する取引が裏で行われているのでしょうか。歴史が掘り起こされる日が近いことを願うばかりです。
 間近に迫った東京大会。「コロナに打ち勝った証としての五輪」とはよく言ったものです。無観客で「勝利」はないでしょう。ただ一つはっきりしているのは、開催すれば喜ぶ人がいる、ということです。その1人に支持率が下がり続けている菅首相がいるかもしれません。


 「東京オリンピック 文学者の見た世紀の祭典」には、三島のほかに小林秀雄、大岡昇平、大江健三郎、佐藤春夫、井上靖、石川達三、松本清張、小田実、曽野綾子、安岡章太郎、有吉佐和子など約40人の文章が収められています。右も左も関係なく日本の文壇が勢ぞろいして入れ代わり立ち代わりの執筆です。解説で高橋源一郎さんが書いているように、これだけの作家が集まったのは「あの戦争」以来。戦争と同じような魔力を五輪は持っているのです。

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