ゲスト様

2020年5月号

コロナが迫る経済社会の大転換

上智大学文学部新聞学科教授 小此木 潔

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、世界大恐慌以来の衝撃が地球をおおっている。コロナとの戦いがどれだけ長引くかは不明で、命と健康がいつまで脅かされ、暮らしはどれだけ破壊されるのか、不安がつのる。
 グローバル化で人の大量移動が日常化し、それが感染症パンデミックの要因となった。だからこれは人間の「影」とのたたかいでもある。喫緊の課題はいうまでもなく、命を守ることを最優先することであり、たたかいに勝つまで外出制限や失業などに苦しむ人々を救うことだ。その努力のなかで、今回露呈した歪みや弱さを反省し。それらを克服したポスト・コロナの経済社会をどうつくるか、も考えておくべきだと思う。

 「便利さ」「安さ」からの脱却

 反省すべきはまず、蓄積されていたグローバル・リスクを甘く見て、備えが手薄だったことだ。たとえば、日本では市場規模が年間約55億枚という不織布マスクの8割をほとんど中国からの輸入に頼ってきた弱点が顕在化し、人々はマスク不足に苦しんでいる。今後、マスクはもちろん人工心肺や人工呼吸器、防護服や消毒薬などの機器を備蓄するとともに、必要な量をいざという時に増産できる体制を確保しておくことが求められる。そこでは今までのような「安さ」は望めないだろうが、必要なコストとして認めるべきだろう。便利さや安さばかりを追い求める思考からの脱却が問われる。
 装備だけでは役に立たない。ウイルス検出のためのPCR検査体制などシステム構築も大切だ。韓国やドイツは徹底検査によって感染拡大を抑え込むことに成功した。日本は検査の遅れと不足で医療危機に直面している。
 人の移動を抑えられない以上、今後も繰り返すと思われる大流行の波に備えるには、徹底的な検査と隔離、病床の十分な確保が待ったなしの課題だ。そして何よりも、医療の担い手である医師、看護師、検査技師をはじめ、介護分野も含めた人材の育成、確保と処遇改善が不可欠だろう。これらに要する費用はざっと数十兆円かかるかもしれない。しかし、危機を乗り切るには、ここは財政支出が欠かせない。

 「財政赤字をいとわない支出」

 思い出すのは2008年秋、リーマン・ショックの時に筆者が米国出張してインタビューしたマサチューセッツ工科大のポール・サミュエルソン教授が、ボストンの研究室で語った言葉である。「財政赤字をいとわない支出をするしかない」。危機にあっては赤字を問題にするべきでなく、解決を優先せよという意味だ。
 その財政政策や税制の中身も、いずれ見直しの対象とならざるをえない。
 イタリアでは財政赤字削減のために病床の削減を進めたことが医療崩壊の背景として指摘されている。日本の医療も、感染爆発が確認できない段階ですでに院内感染や病棟閉鎖など危機を迎えており、病床もスタッフも装備もひっ迫している状況を考えると、財政赤字減らしで病床数の削減などを政策的にどんどん進めるのは問題があるといえよう。
 財政赤字削減は先進国の共通課題とされてきた。たしかにそれは重要だが、今回の事態で破綻が懸念される医療や介護分野を守り切る展望がなかなか立ちにくい状況を考えれば、財政再建のために社会保障費を削り込む現在の体制・手法がそのままでいいとは思えない。それをどのように見直し、それに伴う税負担をどうするか。おおいに論争する必要がある。

 巨大企業の税負担を世界規模で

 新たな社会経済ステムのための税負担はグローバル化で莫大な利益を上げているグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンのような巨大企業、タックスヘイブンで税逃れをしている企業や資産家により多くを負担させる仕組みを各国が足並みをそろえて導入すべきだ。低中所得層が消費税などで多くを負担すれば、世界経済を冷え込ませてしまうし、所得の再分配どころか、ますます所得の不平等を拡大してしまう。そういうやり方では、危機に強い社会は作れないと思う。
 感染症の危機に備える経済社会をつくるには、解雇や休業などで危機のしわ寄せを食いやすい貧しい人々や中小零細企業への再分配と補償を充実することが大切だ。非正社員の社員転換を進めることも重要だ。そういう政策が消費増大と経済成長につながる。
 日本の経済対策で1人10万円支給が盛り込まれた。これを将来にわたる改革の一歩として位置づけ、ポスト・コロナの経済社会では「ベーシックインカム」(BI)をすべての人に毎月支給するという仕組みづくりを展望できないだろうか。やがて人工知能(AI)が様々な場面で人間に代わる時代にはベーシックインカムが必要になるという議論もあるが、この制度を危機に強い経済社会の柱に据えることを考える時ではないか。

 医療とベーシックインカムを中心に据えよう

 ベーシックインカムは、あらゆる個人に何らかの基礎的所得を支給しようという政策で、最低所得保障制度、あるいは最低生活保障制度などと訳されている。まだ本格導入した国はない。
 スイスは2016年に国民投票にかけたが導入に失敗。月約28万円という設定などに問題があったとみられている。カナダではオンタリオ州政府が2017年から2年近く導入実験をしたが、州政権交代でとん挫。イタリアでは昨年1月から対象を貧困層に限り導入した。
 今年に入ると新型コロナウイルス感染症に対する対策と関連して世界のあちこちで議論が出ている。米国では、大統領選の候補選びの過程で今年初めまで民主党の台湾系実業家がこの政策を唱えて注目された。政府のコロナ対策で大人1人1200ドルが政府から振り込まれたことで、これを将来のベーシックインカムへの一歩ととらえる評価もあると朝日新聞の記事(4月20日付)は報じている。4月には新型コロナ感染症対策に取り組むスペインの経済相が「可能な限り迅速にベーシックインカムを導入する」と表明したという(米経済誌フォーブス電子版4月8日付記事)。
 日本ではこれまでに経済学者の中から月8万円程度の導入提案がなされ、野党にも給付つき税額控除制度とその拡大などにより同様の仕組みを導入すべきだという主張がある。今後は与党も含めて検討と議論が深まることを期待したい。
 筆者は将来的に医療などの福祉とベーシックインカムを経済社会の中心に据えて社会保障制度の抜本改革をすべきだと考える。それを基礎に消費と関連した投資需要増加に支えられつつ労働環境改善や技術開発、雇用増加を新しい産業発展につなげる。全体としての消費と投資が力強く復活・循環する経済をつくることができると思う。

 不平等是正し危機に強い社会へ

 ともあれ、いまは危機の克服にあらゆる努力を傾けねばならない。ここで大切なのは「命と経済を天秤にかけない」ことだ。命を守るための外出制限や営業自粛が経済の首を絞めているように見えるが、いまは徹底的に命を守ることがコロナ戦の勝利を早め、経済の復活にもつながる。だから二者択一やバランス論に陥ってはならない。
 筆者の最大の懸念は、危機の後にはさらに貧富の差が広がった社会ができているかもしれないということだ。リーマン・ショック後の米国がそうだった。それがトランプ大統領の選出につながった。日本もよく似ていると思う。同じことを繰り返してはいけない。
 我々はこうした反省をもとに、大恐慌の後に世界が変わったように、よりよい市場経済社会システムの構築に動かなければならない。アメリカがニューディールの成果にさらに公民権運動を積み上げて「偉大な社会」をつくったような道を現代によみがえらせたい。
 ウイーン生まれの経済学者カール・ポランニーは名著『大転換』(1944年)で、社会の危機を克服するために米国が選んだニューディール政策がドイツのファシズムやソ連のスターリン主義に比べて優れていたと述べた。
 この危機が終わった後に、より平等で危機に強い経済社会への大転換が必要だ。しかし、それが実現できるかどうかは私たちの選択にかかっている。できなければ、人類はウイルスとの戦いで多くの犠牲者を出し続けることになるのではないだろうか。

小此木 潔

上智大学文学部新聞学科教授

1952年生まれ。
75年朝日新聞社に入り、ニューヨーク特派員、論説委員、編集委員など経て2014年4月から現職。
政策ジャーナリズム研究。
著書に『消費税をどうするか』(2009年、岩波新書)など、監訳書にベン・バーナンキ著『危機と決断』(2015年、KADOKAWA)。

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