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「子ども予算倍増」は魔法の杖か

ジャーナリスト / 元上智大学教員 小此木 潔

 岸田文雄首相が年頭の記者会見で、「異次元の少子化対策」を今後の政策の柱に据えると表明した。国会の施政方針演説でも少子化対策を最優先すると述べた。中身は「子ども予算」の倍増だという。しかしその財源はとなると、これから検討するというのだから、いささか驚く。「防衛予算の倍増」と同様に、財源も確保できていない大盤振る舞いを少子化対策でも進めようというのか。ひょっとしたら、首相は魔法の杖や打ち出の小槌で財源を何とかできると信じ込んでいるのだろうか。

 「異次元の少子化対策」を表明

 1月4日に三重県伊勢市で記者会見した岸田首相は、少子化対策について、以下のように述べた。

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本年4月に発足するこども家庭庁の下で、今の社会において必要とされるこども政策を体系的に取りまとめた上で、6月の骨太方針までに将来的なこども予算倍増に向けた大枠を提示していきます。(中略)小倉大臣の下、異次元の少子化対策に挑戦し、若い世代からようやく政府が本気になったと思っていただける構造を実現するべく、大胆に検討を進めてもらいます。
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 1月23日の施政方針演説では「最重要政策と位置付けているのが、こども・子育て政策です」と強調した。

 会見でも演説でも対策の財源を語らない首相は、1月8日のNHK日曜討論で、「給付と負担の問題や社会保険のあり方なども含め、さまざまな財源について考えていかなければならず、きめ細かな議論をしていきたい。それは政策に見合った財源でなければならず、政策の整理をまず行ったうえで予算や財源の議論を進めていきたい」と述べただけだ。

 子ども予算倍増に数兆円必要

 首相は昨年から国会答弁などで「子ども予算の将来的な倍増を目指す」としてきた。2022年10月17日の衆院予算委員会の答弁では、「来年度の骨太の方針(経済財政運営との基本方針)に倍増への道筋を示す」と表明していた。
 だが、子ども予算の倍増を実現するには、高い壁がある。2023年度のこども家庭庁の予算案は約4.8兆円。これを倍増するには約5兆円の増額になるのは明らかだ。
 また、経済協力開発機構(OECD)によれば、子ども・子育て支援に関わる日本の公的支出は2017年に国内総生産(GDP)比1.79%で、OECD平均の2.34%を下回る。最高のフランスの3.60%の半分だ。これは各種の現金給付と現物給付(教育サービスなど)を合わせた支出の比較であり、防衛予算のようにGDP比で倍増させるのであれば、ざっと10兆円増やし、フランスに追いつくほどの野心的な取り組みともなりうる。
 かりに財源5兆円が必要でそれを消費税率の引き上げで確保するなら2ポイントのアップが必要で、消費税率は現行の10%が12%となる。また、もしもGDP比で倍増するため、それを消費税収で賄うと仮定すれば、消費税は4ポイントのアップで14%となる計算だ。
 子ども予算の財源をめぐっては、社会保険料に上乗せする案や企業に拠出金として負担してもらう案もあるというが、いずれにせよ倍増には数兆円規模が必要になるから、消費税率の引き上げなどの財源がなければ実現しそうにない。
 2022年末の段階で首相が子ども予算倍増よりも防衛費倍増を優先させたことで、こども予算の倍増が難しくなった。それでも、子ども予算の倍増を目指す場合、避けて通れないのが児童手当の増額だ。首相も年頭会見で「対策の基本的な方向性」の第1に「児童手当を中心に経済的支援を強化すること」を挙げた。
 中学生までの子どもを育てる人を対象に、子どもの年齢や親の所得に応じて月1万円から1万5000円を支給しているのが児童手当の制度で、2022年度は総額2兆円弱を国と自治体、事業主で負担している。自民党の少子化対策調査会は2022年12月、対象を高校生まで拡大して第2子は最大3万円、第3子は最大6万円に増額するなどで児童手当の充実を図ろうとすれば、新たに2.5兆~3兆円かかるとの計算を公表した。

 「消費税」甘利発言で波紋

 こうした状況を知ってのことか、子ども政策の財源を巡って1月5日、自民党の税制調査会長も務めた甘利明前幹事長がBSテレ東の番組で「子育ては全国民に関わり、幅広く支えていく体制を取らなければならない」「将来の消費税も含めて少し地に足をつけた議論をしなければならない」と述べ、少子化対策を進めるための財源として、消費税率の引き上げも今後の検討の対象になるとの認識を示した。
 これに関しては、松野博一官房長官が翌6日の記者会見で、財源確保に向けた消費税引き上げについて「当面触れることは考えていない」と否定。鈴木俊一財務相も同日の閣議後会見で「将来の消費税のあり方について政府として具体的な検討を行っているわけではない」と、火消しに追われた。
 22日には、木原誠二官房副長官がフジテレビで、「異次元の少子化対策」の財源として消費税率を引き上げることについて、「明確に当面触ることは考えていないと(首相が)言っている。少子化(対策の財源として)も含めて、上げることはない」と述べた。しかし、「まず中身を固める。何をやるかを決める。財源論はあとだ」とも言い、当面は消費増税を考えていないだけで、かえって今後の検討に含みを持たせるような口調だった。やはり財源の本命は消費税で、少子化対策を増税の布石にする戦略を水面下で財務官僚と組んで練っているからこんな物言いになるのだろうと筆者は受け止めた。

 世論調査に増税反対の声

 NHKが7日から10日まで実施した世論調査では、「首相が少子化対策の強化について、たたき台を3月末をめどにまとめ、予算の倍増を含めた大枠を6月までに示すとしている」と説明した上で、「子ども予算倍増に向けた議論の進め方について、どう思うか」と聞いたところ、「適切だ」とする回答が24%、「遅すぎる」が46%、「予算を倍増する必要はない」が19%だった。
 一方、2023年1月7日と8日にJNN(TBS)が実施した世論調査の結果、少子化対策の財源として消費税率を引き上げることについて「賛成」が22%、「反対」が71%で、消費税の増税には反対の意見が圧倒的であることがわかった。
 また、読売新聞が2023年1月13日から15日まで実施した世論調査の結果、「少子化対策を大幅に拡充する」岸田首相の方針については、「評価する」58%、「評価しない」34%で、「少子化対策を大幅に拡充するための財源として、増税を含めた国民負担が生じること」については賛成38%、反対56%だった。
 朝日新聞が1月20日、21日の両日実施した世論調査では、「岸田首相は、子ども予算を将来的に2倍に増やす方針です。この費用にあてるため、国民の負担が今より増えてもよいと思いますか。増えるのはよくないと思いますか」という質問に「増えてもよい」と答えたのは42%で、「増えるのはよくない」が54%だった。
 これらの調査に反映された民意は、子ども予算の強化に関しては歓迎しつつも、そのための増税など負担増には否定的な考えだ。こうした状況下で、岸田政権と自民党は財源の検討をあいまいにしつつ遅らせる一方で、「予算倍増」「少子化対策に熱心」というイメージを先行させ、国民の間で支持率を稼ぎ、今後の選挙を有利に運ぼうとしているように思える。

 軍拡隠しの目くらまし?

 首相は、防衛費倍増に伴う1兆円強の増税について、いずれ国民に信を問う考えを表明している。しかし、そうなれば子ども予算倍増と「異次元の」少子化対策について財源も含めて辻褄の合った説明を問われることになる。先のNHKの世論調査でも、民意は防衛増税に関して総選挙を求める気配だ。増額する防衛費の財源を確保するため、増税を実施する政府の方針に対する賛否を聞いたところ、「賛成」が28%、「反対」が61%。防衛費の増額に伴う増税を実施する前に衆議院の解散・総選挙を行うべきかを尋ねた質問には、「行うべきだ」が49%、「行う必要はない」が35%だった。これほど増税反対の声が強ければ、総選挙で国民に信を問うにしても選挙で納税者の怒りが噴出し、防衛予算の倍増も子ども予算の倍増構想も強烈な批判にさらされる可能性が十分にある。子ども予算の倍増に数兆円ものお金が必要なら、そもそも軍備拡大をやめてその資金を少子化対策に回せばいい、という声が列島に満ちてもおかしくない。
 もっとも、統一地方選から総選挙にかけて自民が2つの「倍増」を掲げる選挙戦になれば、首相は防衛費倍増というタカ派イメージをあいまいにする道具として利用したい思惑から、子ども予算倍増をよけいに強調するかもしれない。財源論争は後回しにして、福祉・教育にも力を入れるというハト派のイメージを振りまけば、長距離ミサイルを数百発も米国から買って中国や北朝鮮、ロシアに対してにらみをきかせるようなこわもて路線の印象は薄らぐ。少なくとも防衛費だけを特別扱いするわけではないと説明できる。
 首相に先回りするかの如く、東京都の小池百合子知事は「チルドレン・ファースト」などと言って18歳までの子どもに5000円ずつ配ると表明。第二子については保育を無料化するという政策も打ち出して、「国の政策が遅い」とはっぱをかけている。そうしたことも首相には渡りに船で、したたかに利用しようとするはずだ。
 財源はあいまいなまま、少子化対策の構想だけをぶち上げて支持率をかせぎ、憲法9条を決定的に空洞化させる大軍拡をカムフラージュできればそれでいいと、首相は割り切っているのかもしれない。

 魔法の杖ではない消費税

 防衛予算も子ども予算も倍増する、という歳出大膨張路を驀進する岸田首相の強気の裏には、当面は赤字国債に頼ってでもやりたいことをやって、いざとなれば消費増税で財源を確保すればいいという甘い考えがあるのだろう。国際通貨基金(IMF)のゲオルギエワ専務理事は、2019年11月に都内で開いた記者会見で、「日本は消費税に頼れる余地がある」と述べ、会見に合わせて公表したIMFの声明では、高齢化によって増え続ける社会保障費の負担を賄うため消費税率を2030年までに15%に引き上げ、2050年までに20%にする必要があるとしていた。
 こうした経緯もあり、消費税を20%まで引き上げれば十分な財源が確保でき、景気への悪影響は対策次第で何とかなる、と首相が思い込んでいてもおかしくない。だが、消費税は魔法の杖ではない。税率を引き上げれば、個人消費は低迷し、日本経済は厳しい不況圧力にさらされる。
 安全保障も少子化対策も大切だ、という宣伝に乗せられ、やがて国民が「異次元の増税」を呑まされれば、可処分所得の減少で家計が細り、日本経済の低迷で少子化はさらに加速してしまう可能性すらある。少子化対策の甘い言葉にだまされず、財源や政策手法を見定める力量がこの国の有権者にもメディアにも今ほど必要とされているときはない。

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