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岸田さん、防衛費の説明から逃げないで

ジャーナリスト / 元上智大学教員 小此木 潔

 岸田首相は、したたかである。防衛費増額の財源について、確保の見通しもないまま参院選を乗り切ろうという作戦のようだ。6月21日に日本記者クラブで行われた与野党9党首の討論会で、以下の説明を繰り返す岸田首相の姿をテレビ画面で見て、そう確信した。

 「(防衛力の強化は)数字ありきではありません。年末の安保戦略策定に向けた議論の中で内容と予算、財源をセットで考えます」

 もっともらしく聞こえる。元首相の安倍さんや、前首相の菅さんは、傲慢な口調で答弁を繰り返す印象が強かった。それに比べれば、岸田さんは口調が丁寧だ。しかし、質問にどこまで誠実に答えているかとなると、きわめて疑わしい。防衛費問題はその象徴である。

 安倍元首相らが求めた表現

 自民党の参院選公約には、以下のように書かれている。

 「国家安全保障戦略を改定し、新たに国家防衛戦略、防衛力整備計画を策定します。NATO(北大西洋条約機構)諸国の国防予算の対 GDP 比目標(2%以上)も念頭に、真に必要な防衛関係費を積み上げ、来年度から5年以内に、防衛力の抜本的強化に必要な予算水準の達成を目指します」

 これには伏線がある。6月7日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022」(いわゆる「骨太の方針」)は、予算編成など今後の経済財政運営の指針となる文書だが、防衛力強化については「新たな国家安全保障戦略等の検討を加速し、国家安全保障の最終的な担保となる防衛力を5年以内に抜本的に強化する」との表現が自民党の要求で盛り込まれた。
 「NATO諸国においては、国防予算を対GDP比2%以上とする基準を満たすという誓約へのコミットメントを果たすための努力を加速することと防衛力強化について改めて合意がなされた」との文言も「骨太」本文に書き込まれた。その脚注は、「NATO諸国の中でG7メンバーでもあるドイツは、国防予算を対GDP比2%とすることを表明し、そのために憲法に相当する基本法を改正し、新規借入によって1000億ユーロの特別基金を設立」と、ドイツが日本のお手本であるかのような書きぶりだ。
 これらの表現を盛り込むよう求めたのは安倍晋三元首相らだった。自民党は昨年の総選挙の公約でも防衛費増額について「NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、防衛関係費の増額を目指します」との表現を盛り込んでいた。それを年末の予算編成に向けて一気に具体化しようとしたのだ。ロシアによるウクライナ侵略で安全保障への国民の関心が高まり、防衛予算増が世論に受け入れられやすくなった、とみたのだろう。

 財源なき予算倍増計画

 しかし、ここには大きな問題がある。これまで毎年度の当初予算5兆円台で編成されてきた防衛費は、GDPの1%相当だが、それをNATO目標に合わせて2%に倍増しようとすれば、10兆円台の予算規模になる計算だ。新たに5兆円を超す財源が必要となる。巨額の財源をどうやって確保するのか。かりに当面1兆円程度を増やすとしても、財源をどこからひねり出せるのか。それによって国民生活は、どのようなしわ寄せを受けるのか。疑問が湧いてくるのは当然だ。
 防衛費をGDPの1%に留めるという政策は、長年にわたって日本の専守防衛路線、平和主義の象徴だった。それをあっさり変更して倍増を目指すというのだから、政策転換の理由とともに装備などの主な検討事項、今後の予算規模とその財源について、しっかりと説明する責任が首相や自民党にはある。これから議論するので今は何も言えない、といった逃げ口上で参院選をくぐり抜けようというのでは、姑息すぎる。

 赤字国債ではない恒久財源が必要

 コロナ禍の景気対策で財政出動が繰り返され、予算規模も拡大してきた。しかし、コロナや景気対策は大半が一時的な支出であるのに比べ、防衛費は毎年の支出となる。だから、一時的に赤字国債を発行して歳入を確保すればそれで済むというわけにはいかない。つまり、赤字国債では財源にならない。恒久財源を見つけ出さなくてはいけないのである。
 では、恒久財源をどのように確保するのか。その方法は論理的には3つある。①増税による税収確保、②歳出の見直し、③経済成長に伴う税の自然増収、である。しかし、どれも実現には高いハードルがある。
 増税については、例えば消費税の増税で財源をまかなうには、現在の消費税率10%を少なくとも12%に引き上げる必要がある(政府は消費税1%分の国税収入を約2.6兆円として計算してきた経緯があり、ここでは増税分の全額を充てると仮定した)。歳出見直しに頼ろうとすれば、社会保障や教育などの予算を大きく削り込むしか手がない。経済成長による税の自然増収は、日本の国内総生産が長期的に横ばいを続けている現状では絶望的だ。
 消費増税は消費の抑制を通じて景気を悪化させるし、これまでは福祉財源に充てるという説明でなんとか国民の理解を得てきたが、防衛予算増のための消費増税では、説得力に乏しい。結果として政府は、赤字国債増発で防衛予算をまかなおうとする可能性が大きい。しかし、それはもちろん恒久財源ではないし、一時しのぎにすぎない。

 骨抜きにされた財政健全化

 今回の「骨太の方針」では、財政健全化目標の設定は骨抜きにされた。2021年度の「骨太」では、基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)の黒字化目標年限を2025年度と明示したうえで「財政健全化目標を堅持する」としていたが、今年の「骨太」は「これまでの財政健全化目標に取り組む」との文言に続けて「現行の目標年度により状況に応じたマクロ経済政策の選択肢がゆがめられてはならない」との表現が盛り込まれた。あえて目標年限を消した狙いや効果を考えれば、財政再建路線の骨抜きは隠しようがない。
 財政の歯止めを破って防衛費増額に乗り出す危うさを、今の政治は抱えていることがここに示されたといえよう。赤字国債の増発で当座をしのぐとしても、それは将来の税負担によってまかなわれるべきもので、若い世代への負担のしわ寄せである。国政選挙だというのに、そのことについて説明もなく投票日を迎えようとしているのは、財政規律の弛緩であると同時に民主主義の否定ではないだろうか。同時にそれは、国債を安易に積み上げてゆくことで市場の暴落と日本経済の破局への道につながっているのかもしれない。

 借金増が大暴落の引き金に?

 2022年度予算の国の一般会計歳入107.6兆円は、税収では約3分の2しかまかなえていない。残りの36.9兆円は国債という借金に依存している。国債残高は増え続けており、2022年度末には1026兆円に上ると見込まれている。借金には限度がある。借金をどんどん積み上げてゆけば、やがて日本の財政政策に対する不信が世界の証券市場で高まり、国債の投げ売りから相場の大暴落を招く危険もある。そうしたリスクへの目配りを怠ってはいけない。
 財政や経済の専門家らでつくる財政制度等審議会(会長は榊原定征・元日本経団連会長)は5月25日発表の財務大臣あて建議(意見書)で、政府が新たな国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備計画のいわゆる「三文書」の策定を進めていることについて、防衛費の増額には「奇策や近道があるわけではなく、税収配分や国民負担の在り方など、実現方法を正面から議論することが必要である」と指摘した。そして、「三文書」の見直しに当たっては、安全保障に留まらず、国の財政全体の中長期的な方向を左右することを踏まえ、国民の「合意」と「納得」を得なければならないとし、「防衛予算の規模ありきではなく、現下の安全保障環境に照らした自衛隊の防衛態勢や装備品の在り方について正面から検証することが重要である」と述べている。
 岸田首相はこの建議をよく理解して、国民への説明責任を果たしてほしい。

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