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生者は死者に煩(わずら)わされてはいけない

塾長  君和田 正夫

 洋画の巨匠、梅原龍三郎は遺言状に「生者は死者の為に煩(わずら)わさるべからず」と書いた。自分の死後に残されるであろう生者、愛する夫人を気遣っての文言だ。本人は97歳まで生き、夫人は梅原より早く他界した。
 梅原を愛する作家、俳優、学者ら多彩な人たちが「梅原サロン」と呼ばれるグループを作っていた。しかし梅原の遺言は厳格だ。「葬式の類は一切無用のこと。弔問、供物の類はすべて固辞すること」。

 「昔のニッポン」の臭いぷんぷん

 安倍元首相の葬儀は9月に国葬で行うことが閣議決定された。「もう少し議論すべきだったのではないか」という意見が出るのは当たり前だ。なにしろ自民党の幹事長たる茂木敏充氏が国葬への異論を圧殺、封殺にかかってしまったからだ。
 「国葬は極めてふさわしい」「国民から『いかがなものか』との声が起こっているとは認識していない」。
 あわてて岸田首相が「様々な意見があることは承知している」などと方向転換してみたが、もう遅い。
 岸田さん、茂木さん、あなたたち、ウソついていないだろうね?どっちが本心?と聞きたくなる。国民の声は参院選で十分聞いたって?宗教団体との関係はそのまま?
 ふーん、異論は締め付ける、宗教団体とはご自由に、ということか。自民党周辺を覆い始めた「昔のニッポン」の強烈な臭い。多くの人が嗅ぎ取ったのだろうな。

 「葬式無用、骨は拾わなくてよい」

 梅原だけでなく永井荷風ら日本人の、控えめな死に方を参考にしていい時期に入ってきた、ということだろう。そうすれば国葬論議が少しは深みのあるものになっていたかもしれない。まあ遅いか。とは言っても、葬儀を政治に利用しようという議員さんばかりではないだろう。無駄かと思いつつ、何例か挙げてみよう。
 有名な荷風の遺書。38歳から79歳の死の直前まで日記を書いた。その「断腸亭日乗」(だんちょうていにちじょう)の1936年(昭和11年)2月24日の遺言から。
 『余死する時葬式無用なり。死体は普通の自動車に載せ直ちに火葬場に送り骨は拾ふに及ばず。墓石建立また無用なり。新聞紙に死亡広告など出す事元より無用』
 『余が財産は仏蘭西(フランス)アカデミイゴンクウルに寄付したし』
 (「骨を拾うな」「墓石建立は無用」ということは、「安倍派なんて残すなよ」という意味かな)。
 『誰にも会わなくてよい。一人でよい』は仏教哲学者、鈴木大拙。まさに日本そのもの。

 「白い花一輪とベートーベンの第九を」

 版画家の棟方志功は『自分が死んだら、白い花一輪とベートーベンの第九を聞かせて欲しい』と言い残した。青森市の三内霊園の墓に「静眠碑」と名付け、敬愛するゴッホの墓と同じ大きさ、デザインのものにした。静かに眠る、いいね、どこか楽しそうだね。
 『俺のやせ細った死に顔を他人に見せたくない。骨にしてから世間に知らせてほしい』とは寅さんの渥美清。
 『戒名にも上中並があるなら並で結構』と値段の安い戒名選びを住職に頼んだのは、コラムニストの山本夏彦。
 みんな多少の恥じらいを込めてシンプルに死んでゆきたいんだ。「死ぬこと自体、人間最大の滑稽事かもしれない」とあきらめた山田風太郎のような人もいれば、国葬のように重々しいのが好きな人もいる。大抵、重々しい声の方が滑稽事を上回るものだから、話はややこしくなる。
 岸田さん、いいこと教えましょう。1967年10月31日の吉田茂国葬の日、喪主だった長男の吉田健一氏は、教授だった中央大学で授業をこなしていたらしいですよ。同じ日にですよ。国葬と授業を縫うように日本国技館と神田・小川町を往復した健一氏。岸田さん、見習いましょう。コロナだったりインフレだったり円安だったり、こなさなければいけないものが、首を長くして待っているのですから。

(2022.07.25)

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