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2度目の秋

テレビ屋 関口 宏

 9月になりました。優しく頬を撫でるひんやりした秋風に、ふと寂しさを感じながらも、どこかでは移ろいゆく季節を愉しむこともあるような気がしています。若い頃は去り行く夏をひたすら追いかける気持ちが強かったと思いますが、歳を重ねるにつれ、寂しさを味わう愉しさのようなものが育まれるのでしょうか。

 しかし、今年はそうはいかないようです。コロナを抱えながらの2度目の「秋」。そのせいでしょうか、何かスッキリしない気配が漂っています。

 昨年はコロナを抱えた初めての経験でした。だから「仕方がない。我慢だ。」と、年内には終息しないことを覚悟した潔さみたいなものがあったような気がします。しかし今年はワクチンもできて、そろそろ落ち着くかと思いきや、デルタ株の出現により、終息どころか今までで一番ひどい第5波に見舞われる中、「我慢も限界!」「いい加減にしてくれ!」という空気をあちこちで感じます。それでもコロナは終息してくれません。だから気を緩めることなく、緊張状態を保ち続けなければならないのですが、その緊張状態を保つこと自体に、多くの人が疲れ始めているのが今年の「秋」ということになるでしょうか。

  ちなみに8月末現在、感染者は日本全国で130万人超。つまり日本人のほぼ100人に一人、東京に限って言えば、感染者は30万人を超え、ほぼ50人に一人が感染したことになる訳で、コロナはすべての人の直ぐ側に忍び寄って来ているのです。

 私の周囲でも、感染が始まった昨年の春には、元外交官・岡本行夫氏が犠牲になり、このコロナの恐ろしさを思い知らされました。そしてその後は、重症にはならぬものの若いスタッフや知人に感染者が一人また一人。気がつけば両手の指を越す感染者の数になり、じわりじわりとコロナが近づいてきているように感じるこの頃です。

 しかもワクチンは3度打たねばならないことになりそうな上、終息にはワクチンよりも治療薬の登場を待たなければならないのでは、という説まで出てきました。しかし治療薬は治療薬で、ワクチンよりも開発が非常に難しいそうで、その成功には奇跡的発見のような現象も必要なのだそうです。

 「あーっ、なんとかならんか!」と声を荒げたくもなりますね。

 考えてみれば今回の新型コロナウイルスは、以前にもこのコラムでご紹介した「スペイン風邪」(1918年〜1920年)よりも厄介な感染症になっているのかもしれません。死者の数では世界で4,000万人〜5,000万人とスペイン風邪の方が圧倒的に多かったものの、それほど医療体制が整っていなかった時代で電子顕微鏡もなかった時代ですから、ウイルスの正体も解らぬまま自然消滅を待った結果、2年から3年で終息したと言われています。つまり世界中の全人口の6割から7割が感染し、集団免疫ができて終息したケースと考えられているのです。



 それからほぼ100年後の今回の新型コロナウイルス。ウイルスの正体も解り、医療体制も進歩したはずなのに、ウイルスを追い詰めることができず、2年近くたった今でも、世界中が大混乱したまま、また秋になってしまいました。
今回は、世界的集団免疫も効き目がないのでは、という説まで語られるようになっています。本当に気が重い、どこかでヤケを起こしそうな状況に追い込まれつつあるようにも感じます。そして残念ながら終息を迎えられぬまま、今年もまた年を越すことになりそうです。

 テレビ屋  関口 宏

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