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2020年6月号

ワクチンを真っ先に使うのは誰か

在英ジャーナリスト 小林 恭子

 昨年末にその存在が確認されたばかりの新型コロナウイルスが、世界中に感染者を拡大させている。5月末時点で感染者は約530万人、死者は約34万人。収束までにはまだまだ時間がかかると言われている。
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)予防ワクチンや治療薬の開発・実用化が待たれるところだが、「誰が先に使うのか」が気になる。

  米、欧州で資金提供や買収

 3月、ドイツメディアは、米政府がドイツのワクチン開発会社キュアバク(CureVac)を買収しようとしている、と報じた。同月、同社の経営トップがトランプ米大統領を訪問しており、米国がワクチンを独り占めしようとしている、という印象を与えた。キャバク社はトランプ政権からそのようなアプローチはなかったと説明したものの、ドイツのアルトマイヤー経済相が「ドイツは売り物ではない」と発言する事態にまで発展した。
 5月13日、今度はフランスの製薬大手サノフィのポール・ハドソン最高経営責任者がワクチン開発に成功した場合、米政府が「最も多く事前受注する権利がある」と発言し、フランス国内で反発を引き起こした。「リスクをとって投資を進めてきたから」というのがその理由である。
 サノフィのワクチン開発には米厚生省の生物医学先端研究開発局(Barda)が資金の一部を提供しているものの、同社はフランス政府から巨額の税金免除措置も受けてきた。米国優先を示唆したハドソン氏の発言に対し、フィリッペ首相は「ワクチンはすべての人が使えるようにするべき。この原則は変わるべきではない」と述べた。
 サノフィの経営幹部は、ワクチンを「米国、フランス、ほか欧州諸国に同時に提供したい」とテレビ番組の中で弁護せざるを得なくなった。
 世界保健機関(WHO)の調べによると、世界中で124のワクチン開発・研究が行われている(5月22日時点)。ワクチン開発競争の最前線にいるのが米国だ。
 トランプ大統領は、来年1月までに対新型コロナのワクチンを3億回分供給するため、「ワープスピード作戦」の実施を宣言している。5月18日には米バイオテクノロジー企業モデルナが、ワクチンを投与した8人の血液中に感染を防ぐ抗体が作られたと発表し、7月にも大規模な臨調試験を始める予定だ。
 筆者が住む英国では、4月23日、英オックスフォード大学が欧州初の新型コロナワクチンの臨床試験を開始した。「世界に先駆けて開発に成功する国」になれるかもしれないということで、英国内外で大きな話題となった。英政府はオックスフォード大での開発には2000万ポンド(約26億6000万円)、インペリアルカレッジ・ロンドンでの開発には2250万ポンド(約30億円)をつぎ込んでおり、ワクチン開発を「国策」として進めている。
 5月17日、政府は、オックスフォード大学とインペリアルカレッジのワクチン開発に新たに8400万ポンド(約110億円)を追加する、と発表した。6550万ポンド(約85億円)がオックスフォード大学向けだ。

  ワクチンは資金を出した国に

 また、英製薬大手アストラゼネカがオックスフォード大学のワクチンの生産・供給を担当する契約を交わしたことを明らかにした。アストラゼネカは、来年にかけて10億回分の生産能力を持つという。そのうちの4億回分については、今年9月から供給開始予定だ。
 この4億回分はどこに供給されるのだろう?
 政府やアストラゼネカの発表資料によると、「1億回分は英国向け」で、「9月から3000万回分を供給」となっている。
 一方、米政府の発表(21日付)によれば「少なくとも3億回分」を「10月から供給」するという。大部分が米国に行くようだ。

 このワクチンの開発・生産・供給のために、アストラゼネカは米厚生省のBARDAから12億ドル(約1291億円)の資金提供を受けており、これと比較すると英政府の投入額ははるかに小さい。仕方ないのだろうか。
 「資金を多く出した国の国民が、優先的にワクチンの恩恵を得る」。身も蓋ももないこの現実が、浮かび上がってきた。
 ワクチン開発競争の前線を走るのは、中国の他には欧米ではドイツ、フランス、英国、米国などいずれも政府及び民間の大量の資金を投入してワクチンを開発する余裕がある国だ。
 しかし、世界的に流行する「パンデミック」と認定された新型コロナに感染するのは富裕国に住む人々ばかりではない。自力でワクチンを開発できない国に住む人が後回しになってしまうのは、不当ではないだろうか。


英アストラゼネカ社のコロナウイルスのコーナー(同社のウェブサイトより)

  貧富に無関係の提供・分配を

 新型コロナをめぐってリッチな国がワクチンを独り占めすることがないよう、国際社会が動き出した。
 5月4日から月末まで、世界規模でのワクチンや治療薬の開発と分配での協力を目指し、欧州連合(EU)とWHOの主導による「コロナウイルス・グローバル・レスポンス」プロジェクトが設置された。74億ユーロ(約8687億円)の募金を募り、40億ユーロはワクチン開発に充てられる予定だ。
 日本の他にEU関連組織、EU加盟国、英国、米ビル・ゲイツ財団を含む医療関係の民間団体など約50の国・組織が参加した(米国は参加しなかった)。資金を受け取る製薬会社はワクチンや治療薬の知的財産権を放棄する必要はないが、世界中で手ごろな価格で医薬品を提供するよう求められる。
 また、19日に開催された先進7か国財務相会議では、麻生財務相が製薬会社の特許を国際的に管理し、途上国に安価に提供する仕組みを提案している。6月中旬開催のG7首脳会議でも取り上げられるとよいのだが。
 最後に、オックスフォード大学の新ワクチンは「早ければ9月に供給可能」と報道されているものの、「ワクチン開発に失敗はつきもの」(英政府高官)であることを記しておきたい。開発にかかわっているオックスフォード大学ジェンナー研究所のエイドリアン・ヒル教授自身が、成功の可能性は「50%」(サンデー・テレグラフ紙、5月24日付)と述べている。
 ワクチンの実用化を待つ間に、公平な供給はどうあるべきかを考えたいものだ。

▽「コロナウイルス・グローバル・レスポンス」のサイト
https://global-response.europa.eu/pledge_en

小林 恭子

在英ジャーナリスト

1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。
外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。
英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。
「新聞研究」(日本新聞協会)、「GALAC」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。
著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『チャーチルファクター』(共訳、プレジデント社)、『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)

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