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小林 恭子

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2020年9月号

英ヘンリー王子夫妻はなぜ嫌われる?

在英ジャーナリスト 小林 恭子

 エリザベス英女王の孫にあたるヘンリー王子と王子の妻で米国人の元女優メーガン妃が、英国内で「憎まれっ子」的存在になっている。
 今年1月、夫妻は「シニア王族」としての公務を大幅に減少させたいと夫妻のインタスタグラムのアカウントで宣言し、3月末、公務から引退した。現在はメーガン妃の出身地ロスアンゼルスの郊外サンタバーバラの新居で長男アーチーちゃんと一緒に暮らしている。
 8月11日、夫妻が公務を引退するまでの過程を描いた伝記本「Finding Freedom(自由を求めて)」が発売された。王室ジャーナリストで米国人のオミド・スコービー氏とキャロライン・デュランド氏が執筆。兄ウイリアム王子夫妻との冷たい関係、孤立したヘンリー王子夫妻を誰も助けてくれなかったことなどが詳細に記されていた。
 アマゾンUKの書評を見ると、「完全な幻想」、「自己憐憫のたわごと」、「眉唾だ」とする在英者の感想が並び、ほとんどが「星一つ(最低の評価)」だ。

「自由を求めて」の表紙(撮影筆者)


ヘンリー王子夫妻の伝記本「自由を求めて」の一部は、英タイムズ紙で先行掲載された
(タイムズ紙のウエブサイトより)

 2018年5月19日、ウィンザー城でのヘンリー王子夫妻の結婚を英国内外の多くの人が祝福したが、現在までにヘンリー王子とメーガン妃と言えば「自己中心的でつじつまの合わない行動をする、とんでもないカップル」と目されるようになった。一体、どうしてこんなことになったのか。


2018年5月、結婚式が行われたウインザーの小売店のウインドウ(撮影筆者)


  「違う要素」を排除する世論

 結婚式の模様はテレビで生中継され、「国民に愛される王室」を英国内外にアピールする絶好の機会となったが、挙式前から、メーガンさんはゴシップ記事を掲載する英国の大衆紙や噂を広げるソーシャルメディアの格好のターゲットになっていた。
 「ほかの人とは違う人」を排除しようとするメンタリティはどこの国でも多かれ少なかれ存在するが、英国も例外ではなかった。英国人ではないこと、母親がアフリカ系、父親は白人の米国人であるために「黒人の血」が入っていること、王子との結婚前に離婚歴があったこと、女優であったことなど、「違う」要素が複数あった。
 これに加えて、メーガン妃の家族もメディアの注目の的となった。
 父親トーマスさんが結婚式出席前にイメージを刷新しようと、大衆紙の求めに応じて撮影に応じた。「トーマスさんの日常をたまたま撮影した」という形であったが、実は最初から計画されていたもので、「やらせ」であったこと発覚すると、トーマスさんは批判の矢面に立ってしまった。トーマスさんは大衆紙から巨額の報酬を受け取っており、「王室に嫁ぐ娘を使って、お金儲けをした」と言われた。
 式の直前になってトーマスさんは病気となり、出席が不可能になったが、出席のいざこざを巡ってヘンリー王子夫妻との関係が悪化した。式から1か月後、音信不通となった娘に訴えるため、トーマスさんは英国のテレビ番組に出て心情を吐露し、大衆紙「メール・オン・サンデー」に娘からもらった手紙を持ち込んだ。

ヘンリー王子夫妻の結婚式の様子を伝える、英新聞(撮影筆者)

  売れるネタの提供者

 王室関係者やその家族がこのような形でメディアにその内情を暴露するのは前代未聞だ。父親の孤立が相当なものであったことが想像されるが、英メディアにとってメーガン妃はさらに「売れる」ネタを提供してくれる存在となった。
 執拗にメディアに追いかけられたヘンリー王子夫妻がメディアと一定の距離を置きたくなったとしても、無理はないだろう。
 しかし、そのやり方は稚拙だった。2019年春に初めての子供が生まれる前、夫妻は「出産をプライベートなものにしたい」と宣言し、出産場所を公表しなかった。出産後の洗礼式でも限られた情報を式の後に出すのみ。これまでの英王室の伝統では、どこで出産するかが前もって通知され、報道陣が指定の病院の前で待つのが常だった。出産後は母親が報道陣の前に姿を現す。王族の出産は公的イベントで、王子の母親故ダイアナ妃も、兄の妻キャサリン妃も慣行通りにやってきた。出産を私事として扱ったことで、ヘンリー王子夫妻は国民の期待を裏切ってしまった。
 昨年秋、夫妻は大衆紙「メール・オン・サンデー」の出版社をプライバシー侵害などで提訴したが、これでますますメディアを敵に回した。

  なぜ、嫌われる?

 ヘンリー王子夫妻が嫌われる理由として、メーガン妃に対する人種差別の要素は否定できない。また、「自分たちの王子を取られてしまった」という感覚もあるだろう。
 しかし、夫妻に二重基準的な行動があったのも事実だ。例えば環境保護を訴えながら、特別機を使って気候温暖化の会議に出席し、「プライバシー保護」を理由にメディアを批判する一方で、自分たちに編集権がある形では喜んでメディアに登場してきた。
 また、今年1月の事実上の「公務引退宣言」も嫌われる理由となった。
 この宣言は夫妻のインスタグラムのアカウントを使って行われたが、エリザベス女王や他の王族には事前の相談がなかった。伝統と歴史を重んじる英国では、女王の頭越しに王族が重大宣言をするのはご法度だ。
 また、公務は王族という特権階級であることの引き換えに行うもので、公務を大幅縮小しながら特権階級の恩恵は手放さない・・というのは英国では受け入れられない。夫妻による公務縮小の中身を見ると、巨額をかけて改装した自宅を維持し、父親チャールズ皇太子からの財政支援は続行。税金を使っての警備も続くことを想定していた。
 エリザベス女王の介入で、3月いっぱいで王子夫妻の公務からの引退が決定された。夫妻は結婚時に女王から与えられた称号を基にした「サセックスロイヤル」の商標登録を申請し、ブランドビジネスの展開を計画していたが、女王はサセックスロイヤルの利用を認めなかった。
 当初はカナダに長期滞在することを考えていたが、2月、カナダ政府が夫妻の警備を打ち切る方針を決めたことで、メーガン妃の出身国米国に居を移した。しかし、トランプ米大統領がすでにツイッター上で「警備費用は出さない」とつぶやいている(3月29日)。
 ヘンリー王子夫妻の願いは、長い伝統としきたりがある王室から離れて、自力で生活を切り開くことであり、メディアに執拗に追われずに暮らすことだ。
 しかし、夫妻は同時に「多くの人に愛されたい」という気持ちが強い。そこで直接、インスタグラムで人々とつながる手法を選ぶ。また、「自分たちのことを分かってほしい」という気持ちや自己愛が強く、先の本の出版で兄夫妻や王室ブランドに傷がつくことへの配慮は二の次となるようだ(今回の本の情報源はもっぱらヘンリー王子夫妻と言われている。夫妻自身は否定しているが)。
 ヘンリー王子夫妻には、今こそ、いったん表舞台から姿を消し、着々と自力での生活の基礎を築く努力を求めたい。そうすることで、最終的には「愛される」夫妻になり得るかもしれないと思うのだが。

小林 恭子

在英ジャーナリスト

1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。
外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。
英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。
「新聞研究」(日本新聞協会)、「GALAC」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。
著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『チャーチルファクター』(共訳、プレジデント社)、『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)

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