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抑圧を跳ね返すメディア

在英ジャーナリスト  小林 恭子

 「報道の自由」と聞いて、皆さんはどんなことを思い浮かべるだろうか。

 欧州のメディア会議に出るうちに、筆者は報道の自由が侵害される実例を知ることになった。

 権力者から訴訟を起こされて口を封じられる、オンラインでデマ情報を拡散する「トロール攻撃」にあう、解雇される、編集室が閉鎖される、投獄される、殺害される。

 世界各地でそんな過酷な状況が発生しているが、めげずにジャーナリズム活動を続ける人々がいる。

 4月6日から10日まで、イタリア中部ウンブリア州の州都ペルージャで開催された「国際ジャーナリズム祭」はもう一つの学びの機会となった。

 このジャーナリズム祭は2007年から毎年開催されてきたが、新型コロナウイルスの影響で過去2年は中止され、今年は3年ぶりの開催だ。

 報道の自由が限定されても、ジャーナリズムを止めない人々の様子を4月8日のセッション「抑圧下でのビジネスモデルを考える」から紹介してみたい。

 政治的圧力で編集長が解雇されたら

 ハンガリーでは、2010年以来、オルバン首相による強権政治が続いている。元々、同氏は1993年から2002年まで首相だったが、2002年の総選挙で敗れ、2010年に返り咲いた。今年5月の総選挙でも同氏が率いるフィデス党が圧勝し、第5次オルバン政権が発足している。

 2010年の政権奪回以降、オルバン首相はすぐに新憲法の制定、選挙制度改革、憲法裁判所の権限縮小、報道に対する監督強化などを実施。国内のメディアの90%が直接あるいは間接的に与党の支配下にあると言われている。

 政府を批判できる独立メディアが希少となる中、2020年7月、「最後の砦」と言われた主要ニュースサイト「インデックス」(創刊1999年)では、編集スタッフのほぼ全員が一斉辞任した。きっかけはインデックスの経営陣による編集長の解任だった。経営側は「編集長がウェブサイトの改造計画をリークした」などとその理由を説明したが、編集スタッフは納得せず、抗議の辞任に至った。

 首都ブダペストでは、報道の自由を求める数千人の市民がインデックス編集部があるビルからブダ城までの道のりでデモ行進を行った。

 ジャーナリズム祭のセッションで、インデックスの副編集長だったベロニカ・マンク氏は、「過去10年間の編集権への介入、オルバン政権の政治的圧力」は耐えられないほどになっていたという。

 「私は自分が報道の自由のために闘う戦士だとは思っていない。でも、ジャーナリストとして、最も重んじるのは偏りのない報道を行うこと。民主主義社会には事実を基にした、質の高いジャーナリズムが必要だと思っている」。

 マンク氏はユーチューブを使って市民に訴えた。「皆さん、私たちは過去20年間、インデックスで重要なジャーナリズムを実践してきました。報道を続けていくために、私たちを財政的に応援してください」。

 クラウドファンディングの呼びかけから1か月で100万ユーロ(約1億3600万円)が集まった。9月、マンク氏と元スタッフは「テレックス」という名称の新メディアを立ち上げた。マンク氏はテレックスの編集長になった。

 テレックスは毎日、60万人から70万人の読者がやってくる大きなニュースサイトに成長した。

 「収入源のほとんどは読者からの支援金による。有料購読料ではない。残りの経費は若干の広告収入や補助金でまかなっている」(マンク氏)。

 政治圧力を跳ね返し、独立したジャーナリズムを行うために「私たちが見つけた解決策とは、読者からの支援だった」。

 戦争が始まっても、活動を続ける

 ウクライナの英文メディア「キーウ・インディペンデント」の誕生もテレックスの例に似ている。

 昨年11月上旬、英字紙「キーウ・ポスト」(創刊1995年)の所有者による編集権介入問題で経営側と編集部側に対立が生じ、一時、発行停止状態となった。「ある日所有者が編集室にやってきて、私たち全員を解雇した」。キーウ・ポストで働いていたダリナ・シェフチェンコ氏の証言だ。

 解雇されても報道を続けるため、編集スタッフたちはキーウ・ポストを自分たちの手で発行しようと思ったが、「所有者が売りたがらなかった」。そこで、自分たちで始めたのが、新サイト「キーウ・インディペンデント」(創刊2021年11月末)である。

 新メディアの最高経営責任者となったシェフチェンコ氏によると、当初の運転資金は米会員制プラットフォーム、カナダ政府、欧州の非営利組織などから獲得し、30数人でのスタートとなった。クラウドファンディングで150万ポンド(約2億3700万円)を調達し、約7000人からの寄付金毎月7万ドル(約890万円)も得た。

 しかし、今年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻で「広告収入が途絶えた。ウクライナの広告市場自体が一晩で焼失した」。収入源の多様化はキーウ・インディペンデントの課題の1つだ。

 インドでは自粛の動き

 インドで2015年に発足した「ザ・ワイヤー」は英語、ヒンドゥー語、ウルドゥ―語、マラーティー語で調査報道や論説記事を掲載する、非営利のメディア組織だ。

 共同創設者のシダール・バラダラジャン氏は新しい経営形式のメディアを作りたかったという。

 「家族が経営する、企業が所有する、あるいは広告収入が規定する」メディアではなく、ジャーナリスト、読者、市民らの共同計画としてのメディア構築を想定した。

 インド人民党を率いるナランドラ・モディ氏が首相となった2014年以降、「全国をカバーするメディアの大部分がモディ政権支持になった」という。「政治的に賛同したか、ビジネス上の恩恵があるか」のいずれかの理由だった。

 大部分のメディアは「首相の政策に同意しなくても、直接的に経済的な恩恵を得られなくても、リスクを取りたがらない傾向がある。波風を立てることを避ける」。

 バラダラジャン氏たちは編権力者に付け込まれるような弱みがないメディアを作ろうと思い、インドのテック業界が立ち上げた慈善団体や読者からの小口の寄付によって、「特定の広告主や投資家が編集権に干渉できない仕組みを作った」。

 インドでは「憲法上は報道の自由、言論の自由が保障されている」。しかし、実際には危険な兆候がでてきているという。

 「裁判所が政府のメディア攻撃に加担するような動きを見せている」。その一例が言論の自由を脅かす「スラップ訴訟」だ。スラップ(SLAPP)訴訟とは「Strategic Lawsuit Against Public Participation (市民参加を妨害するための戦略的訴訟)」の略で、富裕な個人や大企業などが学者やジャーナリスト、市民組織に対して起こす、批判や反対運動を封じ込めるための威圧的な訴訟を指す。

 「報道を犯罪行為とみなす動きも増えている」。記者が政府の新型コロナ対策を批判すると、「政府に対する不満を扇動した」などの罪で問われるという。その数は「70~80人に上る」。

 国際的な紛争を自国政府を批判するように報じれば、反テロ罪で拘束されるジャーナリストも少なくないという。「私自身は投獄をまぬかれたが、そうではない人もいる」。

 ワイヤーは、2020年、フランスに拠点を置く非営利組織「フォービドン・ストリーズ」にリークされた5万件の携帯電話の番号を発端とする調査報道「ペガサス・プロジェクト」に参加した。ペガサスとは、イスラエルの企業NSOグループが開発したモバイル端末用スパイウェアで、監視相手のスマートフォンからデータ、画像、会話内容、位置情報などを取得できる。

 バラダラジャン氏は自分を含めた何人ものインドのジャーナリストがペガサスの監視対象になっていたことを知った。「インド政府はジャーナリストに刑事罰を科するだけでは満足せず、私たちを監視していたのだ」。

 また、政府を批判するジャーナリストたちは「組織的なトロール攻撃に襲われる。特に女性のジャーナリストだ」。

 戦死するかもしれない現実

 現在、ロシアによる侵攻という抑圧下におかれているウクライナは、どうなっているのか。

 キーウ・インディペンデントのシェフチェンコ氏によると、最大の問題は「ミサイル攻撃でジャーナリストが命を落としていること」。現場に人を送れば、「50%の確率で死が待っている」。

 同氏の痛恨は、戦争勃発時、キーウ・インディペンデントでは「戦時報道の準備が整っていなかったこと」。衛星電話の数は極少で、プレス用防弾チョッキも、戦時補償の保険も整備されていなかった。このような状況での保険契約を提供する会社が「ウクライナにはなかった」。

 「西欧からやってくる記者たちはチョッキを着て、戦時保険もかけてきている。私たちには何もない」。

 そこで、キーウ・インディペンデントは戦場に記者を派遣しないことにしたが、「自ら行くと言ってくれた記者たちがいた」。こうした記者たちがキーウや各地からの報道を続けているという。

 懸念は「戦争報道への疲労感」が広がることだ。「悲しいけれど、本当だ。欧州市民は戦争のむごい画像を見たがらなくなっている」。

 「将来に向けた楽観的な材料が見えてこない」とシェフチェンコ氏。

 欧州に住む人に望むのは「ウクライナのことを話題にし続けてほしい。私たち全員が戦争中のPTSD(心的外傷ストレス障害)に苦しんでいる。戦争後の国の再建には、何十年もかかるだろう」。

 「報道の自由」を守る戦いには、ジャーナリストのみならず、読者や視聴者というジャーナリズムの受け手もまた、深く関わっていることに気づかせてくれるセッションだった。




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