80歳、酸欠日記④
塾長  君和田 正夫
日本はインフレ?デフレ?それともバクチ?
5、6月のウクライナ報道は解説・評論が防衛研究所のスタッフに占められ、使いまわし状態になっていることが問題になった。しかし専門家頼みは防衛問題だけでない。経済問題は生活に直結しているだけに防衛問題以上に視聴者を混乱させる。学者などの議論がまるでかみ合わない。総元締めともいうべき日本銀行は総裁自身が思い悩み、迷走しているように見える。6月は24年ぶりに1ドル=136円まで円安になった。円が揺れ動く中で貯蓄を投資に回すよう国民に求める政府の「資産所得倍増プラン」はバクチとしか聞こえなくなってくる。日銀の輪転機がバックについているから安心していいよ、という程度の説得力で、通貨の危機を乗り越えられるのか。ついでに言い添えると1万円札1枚25円の印刷代だそうだ。
日本はデフレなのか、インフレなのか、不況下の物価上昇というスタグフレーションなのか。日銀が緩和を続けるなら、さらに円安が進むのだろうか。世界の中で日本はどのような立ち振る舞いをしたらいいのか。日本経済はちょっとした経済通と言われる人間でも理解不能の闇の世界に入ってしまった。
結局、いい円安、悪い円安はニューヨークのラーメンが一杯2000円もする、といった形で伝えるしかなくなってきている。メディアがプロに負けないためにはどうしたらいい。プロであろうとすることをまず放棄することだ。そしてアマチュアに徹するという皮肉な時代に入った。
あきらめさせたら勝ちの日本政治
オレにはとても理解できない、とあきらめるしかない。日本の政治は国民をあきらめさせたら勝ち、というパターンが確立しつつある。金融緩和を支える理屈になってきた「MMT(現代貨幣理論)」という経済理論などは、そのための道具ではなかったのか。最近は誰も言わなくなった。私はあきらめの心境になってきたので岸田内閣にぶちのめされた、ということなのだろう。私の健康状況はまるで金融緩和をしても追いつかない日本経済だ。少し前だが、4月の直前、ベッド脇の洗面所で顔を洗おうとしたが体が動かなくなった。酸素飽和度は何と58。金欠病だ。えらく苦しかった。鼻からの酸素を前日、4リットルに戻したばかりだ。それを5リットル、7リットルと増やしていく。この数字は1分間の酸素補給の量だ。日銀よ、札だけでないぞ、酸素もどんどん印刷して回してくれ。「80台を維持しろ」の声が飛ぶ。
「母国喪失」のロシア文学はどこへ
ウクライナ問題で話題になっている防衛研究所スタッフの使いまわし問題に戻ってみよう。テレビ局は一方的に説明を受けるだけの立場ではない。ロシアについての材料を視聴者に提供する側でもある。私は家にある本を病院に持ってくるよう妻に頼んだ。「磔(はりつけ)のロシア―スターリンと芸術家たち」(亀山郁夫著)と「蒼ざめた馬」(ロープシン著、川崎浹訳)だ。「蒼ざめた馬」はボロボロだったが、その分、格好がよかった。若いころ、私はわからないくせに読むふりをした。ロシア文学は作品の暗さが高校・大学時代の若い層を魅了し、大きな影響力を持ち続けた。
「カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキー)」「罪と罰(同)」「戦争と平和(トルストイ)」「死せる魂(ゴーゴリ)」「どん底(ゴーリキー)」…。
6,400円もする「磔のロシア」を私が持っているのは、若い時だけでなく大人になっても抜けられなかったカッコよさ症候群の後遺症だ。亀山氏はドストエフスキーの研究で知られている。こういう人にロシアの芸術的歴史的な角度から話をしてもらうと、今度の戦争はまた違ったものに見えてくるだろう。
退院してこの原稿を書いている6月、日本経済新聞夕刊に亀山氏が名古屋外国語大学の学長として「私のリーダー論」(上・下)に登場した。その中でウクライナ侵攻、歴史上のリーダーなどについて次のように答えている。 「2014年にウクライナ東部で起きたマレーシア航空機撃墜事件のニュースを聞いたときに『ロシア文学者をやめたい』と思いました。(略)嘘にこれ以上加担したくないと思ったのです。ロシア文学、特にドストエフスキーが私に教えてくれた究極の精神は正直であれ、ということです」(上)。
「(模範となるリーダーは)ゴルバチョフ元ソ連大統領です。彼には国民の良識を信じるオプチミズムがあった。ゴルバチョフはソ連を崩壊させましたが、本当はその役割は他の人に任せて、その後の国づくりのところで登場すべきだった。彼はヨーロッパの家という思想を持っていて、ヨーロッパの中にあるべきロシアを位置づけようとしていた。そうすれば歴史はいまと違っていたかもしれません」(下)。
◇
「蒼ざめた馬」には「附」としてロープシンの詩抄がある。「母国喪失」というタイトルで次のような2行と最後の1行が付いている。国を喪(うしな)った――ゆえに、喜びにも微笑をうかべず、
国を喪った――ゆえに、悲しみとて名づけようなし、
かくて見はるかすかぎりのものみな無用、さもなくば虚偽…
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