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ゾンビ国家群の誕生 ソ連のウクライナ侵攻

元外交官 / 評論家  河東 哲夫

 ウクライナは、ロシア「平和維持軍」のおかげで平和になるのでしょうか?ドネツクとルガンスク地方は今後、誰も承認してくれないゾンビ国家として、存続し続けることになるのでしょうか?同地方の人口は合わせて約350万人。同じようなゾンビ国家がジョージア内部に「南オセチア」、「アブハジア」として存在しています。これは2008年、ロシアがジョージアに侵攻して建てたものです。ここの人口は南オセチアが5万3千人、アブハジアが24万人。2014年併合したと称するクリミアの240万人と合わせると、東ウクライナの公務員給与・年金・医療費などを抱え込むことで、ロシアの負担は倍増するわけです。
 但しドネツクはウクライナ経済の心臓部で、石炭・鉄鋼産業が発達していますから、もしかすると財務的にはプラスになるかも。ウクライナ軍には、ロシアの「平和維持軍」を追い出せるだけの力はないでしょう。

 ウクライナの政治はどうなるか?つまりゼレンスキー大統領は居残ることができるのか。そしてドネツク、ルガンスクに対して、これからどういう態度を取っていくのか?いつも大軍を境界にはりつけて、隙あらば攻め込むのか? まさか、ロシア軍に占領されたまま、現状固定の条約類を結ぶわけにはいかないでしょう。「なんとなく現状維持。時々小競り合い」という、現在モルドバと沿ドニエストル地域の関係、ジョージアと南オセチア・アブハジアの関係のようなものになるのでしょう。
 「『ロシア語人口を保護するため』に独立させて平和維持軍を送る方式は、ロシア語人口の多いカザフスタン北部に対しても、近い将来用いられる可能性があります。(このメルマガの筆者もロシア語を話せるので、ロシア平和維持軍の御加護を受ける権利があります)」

 ロシア孤立、その時中国は

 当面どうなるかについては、国連安全保障理事国で関連決議が採決される時、中国がどういう態度を取るかが面白い注目点です。クリミア併合の時、中国は関連決議で棄権しています。そして南オセチア、アブハジアも国家承認していない。前者については、台湾併合にロシアがきちんとした支持の姿勢を表明していないことが原因なのでしょう。後者については、チベット、内蒙古、新疆ウィグルの少数民族地域に外部からの介入で独立を標榜されるのが嫌でしょうから、支持を控えているのでしょう。しかし今回ウクライナの場合、ロシアの国際的孤立はひどいものになるでしょうから、中国が距離を置けば、ロシアはやはり「そうか。中国はやはり」ということになるでしょう。

 ロシア軍常駐にベラルーシは

 今回、ドネツク、ルガンスクを国家承認することについては、昨年秋以来、ロシア下院がイニシアチブを取っていることが気になります。下院議長のヴォローディンはかつて大統領府第一副長官。2011年12月以降、国内の反政府派の取り締まりを異常に強化した人物で、しかも野心が強く、上層部から警戒されて下院議長に「出された」人物です。ウクライナをとっかかりに、2024年の大統領選挙を狙っているのかもしれません。
 もうひとつ。今回の事件で、ロシア軍はベラルーシに常駐を決め込もうとしています。これはルカシェンコ・ベラルーシ大統領が長年にわたって、抵抗してきたこと。今回は、ルカシェンコはロシアの助けなしには大統領の座に残れないし、反対派の弾圧で西側との関係はほぼ断絶したしで、ロシア軍の駐留を認めるのでしょう。
 ただ彼は老獪なので、ベラルーシ・ロシア連合国家(そういうものが書類上はできています)の大統領選(そんなものはないのですが)を2024年のロシア大統領選と合体させることで、「連合国家の初代大統領」に就任しようとするかもしれません。いや、ロシアが言うように、「ロシアとウクライナは民族的・歴史的にもともとひとつ」――これは事実で、ウクライナが本家――なのですから、ウクライナのゼレンスキー大統領がスラブ民族統合国家大統領になってもいいのです。
 こうしてウクライナでは、ロシアは当面優勢ですが、コーカサスではトルコがアゼルバイジャンと同盟関係を結び、ロシアが情勢を主導することをもはや不可能としています。中央アジアでは、カザフスタンでまだストライキ、抗議集会が続いています。ナザルバエフ前大統領の親族は石油・ガス利権を完全に奪われたわけではなく、彼らは反政府ストライキを裏からあおり、さらに石油利権の数十%を握ると目される中国の関与を引き出してくる可能性があります。
 現に1月6日、ロシアなどの平和維持軍がカザフスタンに派遣されて数日後の11日、中国の王毅外交部長がロシアのラヴロフ外相に電話して、「(軍を派遣するのもいいが)カザフスタンの主権(と中国の利権)を冒さないよう注意してね」とくぎを刺しています。そしてロシア軍などが撤退を決定して即日実施に移したのが11日。王毅の電話が原因だったのではないでしょうが、中央アジアでもロシアは、安全保障問題ならロシアの独壇場、というわけにいかなくなってきたのは確かです。

※この原稿は「文明の万華鏡」第118号(2022年2月23日)に掲載されたものです。

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