原爆と和歌と生徒
 独立メディア塾 編集部
川の中、みんなで和歌を歌う
市内を流れる本川(ほんかわ)に飛び込んだ、当時12,13歳の生徒たちの絶叫ともいえる言葉を紹介します。「みんなで、みたみわれ、生けるしるしありあめつちの、しこのみたてといでたつわれは、と和歌をうたいお母ちゃん、お母ちゃん、と叫びました」
和歌と思われる部分を筆者が青文字に変えましたが、「お母ちゃん」と並んで歌った和歌とはどんな和歌なのでしょう。気にかかりました。
万葉集に次の和歌があります。「私の万葉集二」(大岡信)から現代語訳を含めて引用します。
(天皇の御民である私は、まことに生きがいを感じております。天も地も一体となって栄えているこの御代に生まれ合わせたことを思いますと)
前半青文字の「あめつちの」までは、高田さんの歌と同じですが、後半は別の歌になります。
後半の「醜の御楯(しこのみたて)」とは、大辞泉によれば天皇の盾になって外敵を防ぐ者を指し、武人が自分を卑下していう語と説明されています。その使用例として同じ万葉集から別の和歌が引用されていました。
高田さんが叫んだ和歌の後半部分と同じです。天皇の盾になって出発するぞ、という意味でしょう。
高田さんは二つの和歌をつないだのでしょうか。それとも一つの歌として存在するのでしょうか。いずれにしても、どうして中学一年生がこれほど難しい和歌を覚え、川の中で叫んだのでしょう。どのような教育が行われたのでしょうか。
「海ゆかば」「君が代」「万歳」…「お母ちゃん」
高田さんに続く仲間の言葉も紹介します。「川の中で、手をつないで“海ゆかば”をうたいました。」
三戸一則くん。
「岸から火が吹きつけるたびに、水の中にもぐった。もう最後だと思って“君が代”をうたいました。」
四学級の浜内茂樹くん。
「泳ぎのできない友人が、“ぼくらは先に行くよ”といって万歳をさけんで川下に流れていきました。みんなお母ちゃん、お母ちゃんと大声でいっていた」
「海ゆかば」は1937年に「国民精神総動員強調週間」を制定した際のテーマ曲です。戦意高揚のためにつくられました。
「いしぶみ」は1年生321人のうちどんな様子で亡くなったのか、遺族の証言などで分かった226人の悲惨な運命を記録しています。高田さんは翌日、お母さんと出会い「一学期の成績よかったでしょう」と言って、その夜に亡くなりました。
古川さんは神社の前で一夜を明かし、翌日お母さんと出会えたのですが、安心したのか直後に亡くなりました。
12,13歳の生徒たちの死。「お母ちゃん」という叫び声。「醜の御楯」の和歌。そして「海ゆかば」、「君が代」、「万歳」…。
誰もが涙する絶叫であり、同時に激しい怒りを感じる絶叫です。なぜ怒りが沸いたのでしょう。
国家イデオロギーの伴奏曲
大岡氏は「醜の御楯と出で立つわれは」の和歌について次のように述べています。「太平洋戦争の時代に、この歌がどれほどの名声を博していたか、当時を知る人ならだれでも思い出せます。一億一心とか国民精神作興とか国体護持とか、国家主義イデオロギーが高唱されるたびに、この天平の下級官吏(海犬養岡麻呂)が詔に応じて提出した歌が、その有力な伴奏曲として唱えられました」大岡氏は和歌の作者には関わりない後世の利用の一例だと指摘しています。1300年前に作られた和歌が国家主義の伴奏曲として幼い子供たちの頭の中にまで叩き込まれていたのです。広島だけでなく、多くの戦場で同じ光景が繰り広げられたことでしょう。
そうした大人の思惑を知らず、最後まで国を思い、母親(家族)を思った彼ら。原爆がなければ今80歳代後半。8月はあらためて平和のありがたさを胸に刻み込む時にしたいものです。
「いしぶみ」は1970年に第1刷りが出ていますので、多くのところで紹介・引用されていると思います。
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