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科学万能・・・?

テレビ屋 関口 宏

 もう10年の月日が経ってしまいました。3・11 東日本大震災。

 あの日私は、ある番組の打ち合わせで、テレビ局の15階の会議室にいました。いきなり「ドスン!」という上下の大きな衝撃を感じるのと、けたたましい警報音が鳴るのが同時だったでしょうか。やがて大きな横揺れが始まりました。地震が来たことは理解したものの身体はすぐには動きません。どうしたものか迷う私に、「机の下!」と叫びながら私の肩を突き飛ばすように叩いてくれたスタッフがいました。慌てて私も会議室の大きなテーブルの下に潜り込みました。「ガシャーン!ガシャーン!ガシャーン!」部屋を仕切るカーテンレールが右に左に激しく動く激突音の連続。それに合わせるかのように部屋全体、いやビルそのものが左右に大きく、さらに激しく揺れ続けました。

 (ダメかもしれない)。2度そんな覚悟をしたほど長い時間、私の感覚では10分以上激しく揺れ続けたように思います。あとで聞いた話では、高層ビルは「しなる」ように設計されているため、上階ほど揺れ幅も大きく、長時間揺れ続けるのだそうです。それにしましても、あの突然襲われた恐怖体験は、いまだに忘れることができません。

 そしてまだ多少の揺れが残る中、慌ててテーブルから這い出し、テレビモニターのスイッチを入れてまたテーブルの下に戻りました。再度大きな揺れが来るかもしれないと思ったからですが、テーブルの下から四つん這いになりながらテレビ画面を食い入るように見つめた経験も初めてのこと。すでにどこの局も速報体制に入っていました。でも本当に気が遠くなるような衝撃を受けたのは、それからしばらくして画面に映し出された津波の映像です。入り込んだ湾の外海から押し寄せて来る津波。はじめはゆっくりゆっくり向かってくるかのように見えました。それが徐々に徐々に大きなうねりになっていることが判ってくるのですが、なんだか白いものが沢山流されてきます。咄嗟には、発泡スチロールの箱かと思われたのですが、それが自動車だと判った時には「えーっ?」と思わず声を上げてしまいました。そうした車が次から次へ何十台も流されてくる凄まじさに驚き、近づけば近づくほど速度を増す津波。そしてその勢いのまま岸に乗り上げると、ありとあらゆるものを飲み込んでいきました。


 茫然自失のまま、それでも新しい情報を求めながら、どれほどテレビ画面に食い入っていたでしょうか。気がつけば窓の外はすでに日が暮れていて、広い会議室は私一人になっていました。先ほどまでの喧騒が嘘だったかのような不思議な静寂の中に一人取り残された感じになっていたところに、扉の開く音がして、私の肩を叩いてくれたスタッフがお茶を持って来てくれました。そのお茶のなんと有難かったことか。両手でそれをいただきながら、(この大惨事は何を意味しているのだろう)というようなことを考えていましたが、明快な答えなどすぐに見つかるものでもありません。なんとも整理のつかない気分の中でさらにテレビ画面を見続けていました。

 しかし大震災はそれで終わったわけではありません。日を追うにつれ明らかにされていった福島・原子力発電所の大事故。私も2度取材に行きましたが、はっきり申し上げて「手のつけようもない」という印象を受けました。実際、溶け落ちたデブリの処理に、10年経った今も苦しめられています。


出典:東京電力ホールディングス

 「どうやら我々は、科学万能と思い込んだ価値観を疑いもせず生きてきてしまったのではないか。」

 これが東日本大震災から私が受け取ったメッセージだったと思うようになりました。

 そして10年。今度は人類全体が「新型コロナウイルス」に見舞われています。これとて「科学万能」と思い込んでいる我々に、「自然」が見せつけたある意味の挑戦状だと私には感じられるのです。

 このパンデミックを人類はどう乗り越えていくのか。「新型コロナウイルス」からのメッセージをどう受け止めるのか。「科学万能」は果たして正解なのか。まだまだ多くのクエスチョンマーク「?」が我々に投げかけられているように思われます。

 「東日本大震災」から10年。コロナ禍の中で制約を受けながらもテレビ界は取材を続けています。「サンデーモーニング」も3月7日、「特集」を予定しています。

 テレビ屋  関口 宏

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