ゲスト様

2019年11月号

夕刊を廃止しよう

塾長 君和田 正夫

 朝日、毎日、読売の三大紙の皆さん、夕刊を廃止しませんか。読者にとってマイナスが目立ってきています。夕刊の役割がなくなってきています。
 つい先日の10月25日、菅原一秀経済産業大臣が辞任しました。このニュースは、辞意表明の当日、25日の夕刊で報道され、翌26日の朝刊でも報道が展開されました。夕刊、朝刊両方の見出しを比べてみましょう。夕刊で報道済みの記事を朝刊でどう扱うか、新聞の悩みが垣間見えてきます。
  
ダブる記事、見出し
 
 読売新聞は25日夕刊(3版)の1面トップで
  「菅原経産相が辞任 香典問題で引責 後任に梶山氏」
 26日朝刊(13S)の1面トップは
  「菅原経産相更迭 首相が『任命責任私に』 香典問題 後任に梶山氏」
 朝日新聞も25日夕刊は1面トップで
  「辞任 菅原経産相、選挙区内で秘書通じ香典疑惑 後任に梶山氏」
 26日の朝刊(14●)は1面トップで
  「経産相1か月半で辞任 菅原氏『秘書が香典』認める」
  
 この両紙の扱いを見ただけで、朝夕刊の見出しが似ていると思いませんか。もう一つ紹介しましょう。
 10月18日夕刊です。朝日は「中国成長率 過去最低6%」と報道し、朝刊でも「中国不振 成長率6%」という記事を載せました。読売は夕刊で「中国GDP伸び最低 2019年7~9月期の国内総生産」と書き、翌日の朝刊では「中国成長6.0%最低更新」と報じました。
菅原経産相の時よりさらにそっくりです。
 この原稿を書き終えた10月29日、緒方貞子元国連難民高等弁務官の訃報が入ってきました。さらに31日夕方の時間帯では首里城の火災、河井克行法相の辞任という大きなニュースがありました。一見、夕刊の重要さが増したように思えますが、夕刊が家庭に届く前にネットやテレビでたっぷりと報道された後になってしまいます。
 
崩れた「超夕刊セット体制」
 
 夕刊と朝刊にほとんど同じ扱いの記事が掲載されるということは、朝刊と夕刊を取っている読者は似たような記事を二度読まされることになります。
 なぜそんなダブりに近い記事が載るのでしょう。
 新聞のニュースには出来事の発生を伝える「一報」があります。さらに、その後の展開を扱ったり、「一報」で伝えきれなかった解説などの記事を扱ったりする「続報」に分けることができます。菅原元経産相の記事も中国の経済成長率の記事も、夕刊が「一報」になり、それを受けた朝刊は「続報」ということになります。
 
 ところが、現実は理屈通りに進みません。 
朝刊、夕刊の両方(セット版といいます)を取っている読者が激減しているのです。
 ネットが生まれていなかった時代、テレビもニュースの速報体制が十分でなかった時代には、ニュースは新聞の専売特許でした。朝刊だけでは読者のニーズに応えることができなくなり、戦後しばらくして朝刊、夕刊のセット体制が生まれました。私が入社した1964年ころはセット率は極めて高かった(80%~90%くらいと記憶しています)ので、問題は表面化しませんでした。現在はどうでしょう。新聞の部数を扱っている日本ABC協会などのデータによると30%台に落ちていると推測できます。
 
三分の二の読者は朝刊だけ
 
 ということは夕刊に掲載したニュースは読者の三分の一にしか届いていない、ということです。夕刊に「一報」を載せたからといって朝刊に「一報」を載せないと、残りの三分の二の読者は、大事なニュースの「続報」だけを読まされるということになります。そこで圧倒的多数を占める読者のために「一報」の“再掲載”になっているのです。新聞社から見れば、セット読者は優良読者のはずですが、その読者が「二度読まされる」という犠牲になっているのが現状です。
 さすがにプロですから、夕刊・朝刊に全く同じ記事を載せるようなへまはしません。見出しを少し変える工夫をしたり、記事はページ数の多い朝刊ですから様々な角度からの「続報」を扱ったりしています。そうした工夫をしても、ダブり感はぬぐいようがありません。
 
 もう一つは学芸、文化といった記事が、朝刊だけの読者に届きにくくなってしまったことです。私が在籍した朝日新聞は文化・学芸などの記事が売り物でした。もともと文化・芸能という分野の記事は夕刊で扱うことが多かったのですが、現在のように夕刊部数が減ってしまうと、朝刊だけの読者には“売り物”が届かなくなってしまっているのです。記事を書く学芸部、文化部の記者にとってもつらいことだろうと思います。
 
読み応えのある朝刊に全力投球を
 
 夕刊を廃止するとどういうことが起きるでしょうか。薄っぺらな朝刊が厚くなり、読みごたえが出てくることは間違いありません。夕刊との合体です。夕刊の一般ニュースが極めて少ないのは、前に書いた「一報」「続報」の問題が出てくるからです。今後も夕刊は朝刊以上の速さで減り続けるでしょう。薄っぺらな朝刊、ニュースを入れられない夕刊、この弱点を少しでも救うために、夕刊廃止はまさに「一石二鳥」になるのでしょう。
 
 地方紙はすでに多くの新聞が夕刊を廃止しました。話題になったのは2002年3月末で夕刊を止めた産経新聞でした(関西では継続)。大手新聞社の衰退を物語る代表例のように扱われました。
 
 今、そのようなメンツを考えている余裕はないはずです。取材網の縮小、人員の整理といったことよりも、夕刊を止める、そして朝刊に全力投球する、それが新聞経営に課せられた最大の課題でしょう。過去の栄光を忘れられずに、自滅の道を歩いている足元をじっと見つめるべきです。

君和田 正夫

塾長

1941年(昭和16年)生まれ。早稲田大学卒。
1964年、朝日新聞社入社、経済部記者などを経て2005年(平成17年)テレビ朝日に。
退任後「独立メディア塾」の共同代表。

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