ゲスト様

中東が苦手な日本

 本棚に「アラビアンライト」と書かれた小さな瓶があります。40年ほど前、朝日新聞が中東に取材班送り込んだ時に、取材班の私に石油会社が記念品としてくれたものです。アラビアンライトは当時、石油価格の国際指標にされていたサウジアラビアの代表的な石油です。
 サウジのアブカイク油田が9月14日、ドローンとみられる飛行物体の攻撃を受けました。米国はイランの巡航ミサイルが使われたと発表しています。サウジの油田はこれまでも何度か攻撃を受けているので、これからも世界経済を揺るがす手段として攻撃は繰り返される恐れがあります。
 
 
 フラミンゴが群れを成す湾岸
 
 
 私が中東を取材したのはイラン革命によって引き起こされた第二石油危機がきっかけです。1979年11月から翌80年の3月まで4か月ほど、イラク、クエート、バーレン、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)、オマーンのアラブ諸国を回り、最後にサウジで取材の仕上げとしました。途中、フラミンゴの大群がアラビア湾の浅瀬を埋め尽くしている光景は砂漠を見続けた目には新鮮でした。
 アラビア湾岸にあるサウジの商業港ダンマームから首都リヤドまで500キロの「リヤド街道」が続きます。時速120キロの車で走り抜け、アブカイク油田にたどり着きました。砂漠に建設された巨大な石油関連の施設が異様でした。
 ホルムズ海峡を挟んで反対側のイランでは、イラン・ジャパン石油化学(IJPC)プロジェクトが事業中止に追い込まれていました。三井物産グループがアラビア湾奥にあるバンダルホメイニ(当時はバンダルシャプール)で進めた巨大石油化学事業でしたが、第一次石油危機、イラン革命のあおりを受けて、私が訪ねたときは工事途中の施設が放置されているだけでした。
 
 
 30年前にも「有志連合」
 
 
 この取材以降、日本の中東政策に不安を抱くようになりました。最大の問題は日本人は中東情勢に関心が薄いことです。国同士の利害関係が複雑です。複雑さの一因になっているのは宗教です。私たちはそのイスラム教についてほとんど無知に近いといっていいでしょう。それが無関心を生んでいるのかもしれません。
 例えば1990年8月3日に、イラクがクエートを武力制圧した時です。のちに湾岸戦争に発展した戦争です。米国はクエートの次はサウジ侵攻ではないか、と警戒レベルを上げたので湾岸の緊張は一気に高まりました。
 そんな時に海部俊樹首相(当時)は侵攻直前に中東5か国(サウジ、オマーン、トルコ、ヨルダン、エジプト)訪問の計画を立てました。クエート侵攻があっても計画をやめず、中止が決まったのは侵攻10日もたってからでした。海部首相にはどのような情報が上がっていたのでしょう。外務省を中心とする情報はどのようなものだったのでしょう。14日付の朝日新聞朝刊によると、ブッシュ大統領は海部首相に対して支援を要請しており、有志連合への参加を求めていました。今回、ホルムズ海峡の安全確保のために日本の多国籍軍参加の要請と同じ事態が30年前に起きていたのです。結局、日本は90億ドル(1兆2000億円その後、)の支援を決めざるを得ませんでした。のちに支援金はさらに膨らんだようです。
 
 
 米英はイラク攻撃を「検証」
 
 
 2003年に米英軍がイラクを攻撃した時も、ブッシュ大統領の開戦宣言に対して、小泉首相は即座に「武力攻撃を理解し、支持する」と記者会見で表明しました。その後、「今回の戦争があくまでも大量破壊兵器の拡散を防ぐのが目的」とまで言い切ったのです。これは本来、歴史に残る失態・失言になるはずでした。それが残らない、問題にならないのはなぜでしょう。
 問題のカギは攻撃後の対応にあります。
 米国では翌年に超党派の独立調査委員会を発足させ、イラクへ調査団を送りました。最終報告は「大量破壊兵器に関する戦争前の判断のほぼすべてにおいて情報機関は完全に誤っていた」と大量破壊兵器の存在を否定し、世界中が知ることになりました。
 米国とともに参戦した英国では10年以上たった2016年に独立調査委員会(チルコット委員長)が「軍事行動は最後の手段ではなかった」「核兵器も経済制裁が適切な形で維持されている限り開発できなかっただろう」という調査結果を発表しました。さらにブレア首相に対して、「イラクについて米政府の判断を左右できると自らの影響力を過大評価していた」とまで批判しました。この報告書はチルコット報告として有名です。
 日本ではどうでしょう。外交政策の点検ができない体質があります。
 
 
 逃げ腰の政治と官僚
 
 
 一つはかばいあう政治家、自己批判しない政治家です。もう一つは米国に頼り切る情報です。
 国会では当然、小泉発言について議論されましたが、安倍首相の答弁は聞きなれた安倍節とでもいうのでしょうか。いつもの論点をずらす答弁で「米国支持」の正当性を強調し、小泉批判は全くありませんでした。
 一方、外務省の「検証結果」は「日本政府が米英等の武力行使を支持したことの是非自体について検証の対象とするものではなく」と断りを書き、最初から大量破壊兵器の問題を放棄しているのです。調べる力がないことを自覚している、としか思えないほど逃げ腰でした。外務省の力が弱くなったのはいつごろからでしょう。
 エネルギーの確保は国の存亡にかかわる問題です。政治家が率先して中東戦略、外交戦略を再構築し、検証システムを作らなければ同じことが繰り返されるだけです。イランのハメネイ最高指導者と会談し、トランプ大統領と「ウィンウィン」の貿易協定を結んだ「安倍外交」が、ブレア首相のように「過大な自己評価」と批判されないことを祈るとばかりです。

君和田 正夫

独立メディア塾 塾長

1941年(昭和16年)生まれ。早稲田大学卒。
1964年、朝日新聞社入社、経済部記者などを経て2005年(平成17年)テレビ朝日に。
退任後「独立メディア塾」の共同代表。

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