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スローガンは毒饅頭?(下)

塾長  君和田 正夫

 言葉が国の将来にどれほど影響を及ぼしているか。「上」で半藤一利さんの「四文字七音」の言葉と、氾濫するカタカナ言葉を考えてみました。
 次は「第三群」です。第二次世界大戦の戦争中、戦争前に政府を中心に乱発された標語、スローガン類です。里中哲彦さん著の「黙って働き 笑って納税 戦時国策スローガン傑作100選」を借りて紹介しましょう。この本のタイトル自体がスローガンを使っています。

  「酒飲みは瑞穂の国の寄生虫」

「権利は捨てても 義務は捨てるな」(昭和8年、用力社)
「贅沢は敵だ」(昭和15年、国民精神総動員運動中央連盟本部)
「戦場より危ない酒場」(昭和16年、日本国民禁酒同盟)
「酒飲みは瑞穂の国の寄生虫」(同上)
「無敵日本に無職をなくせ」(昭和16年、標語報国社)
「欲しがりません勝つまでは」(昭和17年、大政翼賛会、朝日、毎日、読売)
「科学戦にも 神を出せ」(昭和17年、中央標語研究会)
「早く見つけよ 敵機とムシ歯」(昭和17年、岡崎市)
「アメリカ人をぶち殺せ!」(昭和18年、「主婦の友))
「米鬼を一匹も生かすな!」(昭和20年、「主婦の友」)

(以上、「黙って働き笑って納税」から)

 言葉のすさまじさに驚かされますが、著者が示している「出典」を見ると、さらに驚かされます。「国民精神総動員運動」なんていう運動がありました。「アメリカ人をぶち殺せ」は主婦の友社。有名な「欲しがりません勝つまでは」は朝日、毎日、読売という大新聞が名を連ねています。

  「一億玉砕」「一億一心」「一億抜刀」

 この100選以外にもたくさんの標語があります。「空襲だ!水だ、マスクだ、スイッチだ」はコロナ体験に直結します。マスクはもちろんのことですが、「スイッチだ」は空襲に備えて電気を消そう、地上を真っ暗にしよう、ということです。小池都知事の「消灯」要請とダブります。「一億玉砕」「一億抜刀」「一億一心」のように「一億」を強調した標語も目立ちます。

  恐るべし「わからない方がいい」?

 「四文字七音」「カタカナ英語」「戦中・戦前のスローガン」の三つの「語群」を並べてみました。どこか雰囲気が似ていると感じませんか。
 なにか共通点はあるのか。半藤さんと田中さんの言葉が答えています。まず半藤さん。「皇国」に関連して指摘しています。「下級武士や民草(たみくさ)にはほんとうはそれが何を意味しているのか、多くは分からなかったでしょう」。そして、権力者側からすれば、わからなくても構わない、むしろ知らないままにして、人々が口にすれば、それでいい。「口当たりのいい言葉はくりかえしているうちに、がぜん、効力を発揮するのです」。
 田中さん。「スローガンとは、単純で、明快で、直截的で、扇情的かつ押しつけがましいものである。識見や学殖は感じられない。時勢の気分をつくり、世論を熟成し、気運の旗振り役をつとめる」。
 「わからなくていい」「時勢の気分をつくる」恐るべきことです。世論を一つの方向へ持っていく役割、いつの時代も共通している、ということでしょう。

  「発出」は官庁用語、「人流」は軍隊用語?

 「四文字七音」や「一億火の玉」の標語から、しゃれた英語へ。国民を巻き込むスローガンはいつの時代も飲み込みやすいように作られ、そしてメディアがオブラートに包んで国民に飲ますのです。
 それを証明するかのように「発出」という言葉が知らぬ間に定着してきました。辞書で調べると①現われること②「出発」と同じ、と出てきます。しかも特定の業界や職業などで使われる固有の集団語、つまり典型的な役所用語と説明されています。
 2020年1月に開かれた文化審議会国語分科会の小委員会で一般の言葉に置き換えるべき役所言葉として「発出」が例示に挙がったそうです(2020年5月22日の「毎日ことば」)。「人流」も普段使われていない言葉です。「広辞苑」(第7版)にも「大辞泉」にも載っていない。「物流」はもともと軍隊用語と聞いたことがありますが、「人流」は誰がどのような使い方をしているのでしょう。メディアはなぜ、こんな奇妙な言葉を無批判に受け入れるのでしょう。メディアが受け入れたから定着しそうになっているのです。
 メディアよ、第二次世界大戦の報道で反省することが多かったのではないでしょうか。コロナは戦争とは違う、と思っているのなら、同じ過ちの道を進んでいるのです。

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