「幸福の売り場」はどこに
塾長  君和田 正夫
「幸福はお金では買えないと言った人々は、どこで買えばいいか知らなかったのだ」。
すさまじい破壊力とユーモアに満ち満ちた警句だ。米国の女性文筆家で美術品の収集家でもあり、米国文化に影響をもたらしたガートルード・スタイン(1874年~1946年)の言葉として紹介されている。人間にはウソかもしれないと思いながら信じたいウソがある。「おカネで幸福は買えない」はその代表例だろう。その虚と実の隙間を、あっさり暴いて見せた。
30歳代のころ、「健全通貨」(W・フォッケ著、吉野俊彦訳)という本を薦められた。通貨価値の安定こそ国民経済が成長するための基本条件である、という考えに貫かれている。フォッケというドイツの中央銀行総裁が、おそらく命を懸けて訴えた「アドルフ・ヒトラー総統閣下」あての「極秘文書」が収められている。1939年1月7日の付け入りだ。
ドイツは1939年、オーストリアを併合し、さらにチェコスロバキアの一部統合を狙った。チェコスロバキア、ドイツ、イギリス、フランスと臨戦態勢に入ったので、軍事費はいくらあっても足りない、そこでメフォ手形と呼ばれる軍事費調達のための割引手形を発行したが、5年満期の償還が不可能になってきていた。
1933年から1937年までのドイツ軍事費のうち、手形によって捻出されたのは3分の2に近い。そこで秘密文書はヒトラーを脅す。
「60億ライヒスマルクに上がるメフォ手形を短期金融市場で発行できたのは、ライヒスバンクがいつでも買取に応ずるという約定を与えることによってであった」。
そして理事会は「最後通告」とも思える要求を出す。
「理事会は(ヒトラーの)偉大な目的に協力するため、喜んで全力をつくして来たが、今やこれを停止せざるをえないという認識に到達した。紙きれにすぎない通貨を増加させたところで、財貨の生産は増加しない」。
ところが日本の政治はここ何年間か、歴史の教訓にも異論にも耳を傾けようとしてこなかった。国民一人あたりの借金が1000万円を超える財政危機にも目をつむった。無視するだけの政治だから誰も「意見具申」などしない。日銀総裁も「子会社の社長」だから「秘密文書」など出すはずもない。
軍備増強の旗振り役だった安倍元首相や現役の髙市早苗 経済安全保障担当大臣ら防衛費の増大を主張する人たちは、国債発行でしのぐと考えているようだ。しかしこれほどいい加減な政治はない。借金で確保した軍事費を使って国家が守るべきものとは一体何だろう。自分を守ってくれるのだろうか。国の将来を描いて見せてくれるのだろうか。安易な指導者の下で、国民や若者の「政治へのあきらめ」や「日本離れ」がどんどん進んでいく。
毎日新聞のニュースメール(8月26日)がそうした心配を裏付けるような記事を配信してきた。2010~14年に実施された第6波世界価値観調査で、「戦争が起きた場合、国のためにすすんで戦うか?」という問いに、日本の「はい」はわずか15.2%。60カ国の中で最下位だという。「いいえ」は38・7%で17位。「わからない」が46.1%で、飛びぬけた1位だ。
戦争社会学が専門で調査を分析した野上元・早稲田大教授は「市民が戦う」ことの意味について、日本人は議論を積み重ねてこなかった、と分析している。したがって「何を守るか」わからないのだ、と私は思う。
来年度の概算要求額は過去最大の5兆6千億円になろうという。これに金額を示さない「事項要求」が加わって、6兆円台半ばという、と驚くべき数字になるかもしれない。
防衛費を増やすと、それまで見えなかった幸福の売り場が見えてくるのだろうか。借金して買った銃は、敵を倒して幸福の売り場まで連れていってくれるのだろうか。
(スタインの言葉の出典を確認できていません。内容の強烈さを優先して引用させてもらいました。出典をご存知の方がおられましたら、お教えください)
すさまじい破壊力とユーモアに満ち満ちた警句だ。米国の女性文筆家で美術品の収集家でもあり、米国文化に影響をもたらしたガートルード・スタイン(1874年~1946年)の言葉として紹介されている。人間にはウソかもしれないと思いながら信じたいウソがある。「おカネで幸福は買えない」はその代表例だろう。その虚と実の隙間を、あっさり暴いて見せた。
30歳代のころ、「健全通貨」(W・フォッケ著、吉野俊彦訳)という本を薦められた。通貨価値の安定こそ国民経済が成長するための基本条件である、という考えに貫かれている。フォッケというドイツの中央銀行総裁が、おそらく命を懸けて訴えた「アドルフ・ヒトラー総統閣下」あての「極秘文書」が収められている。1939年1月7日の付け入りだ。
ヒトラーへの直訴状
極秘文書はヒトラーに直訴する。「ライヒスバンク(中央銀行)は通貨政策上の危険を内包するにもかかわらず、軍需金融を大規模に引き受けてきた」と。無理強いに耐えてきたのだから今後はインフレの防止に力を入れてくれ、予算の無駄遣いをやめてくれ、というわけだ。ドイツは1939年、オーストリアを併合し、さらにチェコスロバキアの一部統合を狙った。チェコスロバキア、ドイツ、イギリス、フランスと臨戦態勢に入ったので、軍事費はいくらあっても足りない、そこでメフォ手形と呼ばれる軍事費調達のための割引手形を発行したが、5年満期の償還が不可能になってきていた。
1933年から1937年までのドイツ軍事費のうち、手形によって捻出されたのは3分の2に近い。そこで秘密文書はヒトラーを脅す。
「60億ライヒスマルクに上がるメフォ手形を短期金融市場で発行できたのは、ライヒスバンクがいつでも買取に応ずるという約定を与えることによってであった」。
そして理事会は「最後通告」とも思える要求を出す。
「理事会は(ヒトラーの)偉大な目的に協力するため、喜んで全力をつくして来たが、今やこれを停止せざるをえないという認識に到達した。紙きれにすぎない通貨を増加させたところで、財貨の生産は増加しない」。
「日本のために戦う」は15%
日本も同じだった。第二次大戦だけでなく、日露戦争でも戦費を調達するため、お金を乱造した。その反省から、戦後は財政法を改正して赤字国債を禁止した。ところが日本の政治はここ何年間か、歴史の教訓にも異論にも耳を傾けようとしてこなかった。国民一人あたりの借金が1000万円を超える財政危機にも目をつむった。無視するだけの政治だから誰も「意見具申」などしない。日銀総裁も「子会社の社長」だから「秘密文書」など出すはずもない。
軍備増強の旗振り役だった安倍元首相や現役の髙市早苗 経済安全保障担当大臣ら防衛費の増大を主張する人たちは、国債発行でしのぐと考えているようだ。しかしこれほどいい加減な政治はない。借金で確保した軍事費を使って国家が守るべきものとは一体何だろう。自分を守ってくれるのだろうか。国の将来を描いて見せてくれるのだろうか。安易な指導者の下で、国民や若者の「政治へのあきらめ」や「日本離れ」がどんどん進んでいく。
毎日新聞のニュースメール(8月26日)がそうした心配を裏付けるような記事を配信してきた。2010~14年に実施された第6波世界価値観調査で、「戦争が起きた場合、国のためにすすんで戦うか?」という問いに、日本の「はい」はわずか15.2%。60カ国の中で最下位だという。「いいえ」は38・7%で17位。「わからない」が46.1%で、飛びぬけた1位だ。
戦争社会学が専門で調査を分析した野上元・早稲田大教授は「市民が戦う」ことの意味について、日本人は議論を積み重ねてこなかった、と分析している。したがって「何を守るか」わからないのだ、と私は思う。
来年度の概算要求額は過去最大の5兆6千億円になろうという。これに金額を示さない「事項要求」が加わって、6兆円台半ばという、と驚くべき数字になるかもしれない。
防衛費を増やすと、それまで見えなかった幸福の売り場が見えてくるのだろうか。借金して買った銃は、敵を倒して幸福の売り場まで連れていってくれるのだろうか。
(スタインの言葉の出典を確認できていません。内容の強烈さを優先して引用させてもらいました。出典をご存知の方がおられましたら、お教えください)
(2022.09.01)