記事応募にはログインが必要です

パスワードを忘れた方はこちら

樋口一葉「奇跡の14か月」

塾長  君和田 正夫

 お笑いタレントの志村けんさん、女優の岡江久美子さん、外交評論家の岡本行夫さんら著名人を含めて多くの人たちがコロナで亡くなっています。コロナに限らず感染症の歴史は多くの才能を奪ってきた歴史でもあります。

  死の直前に代表作

 樋口一葉は1872年(明治5年)に生まれ1896年(同29年)に24歳の若さで亡くなりました。肺結核で死を目前に控えるなかで才能を全開させ、代表作「大つもごり」(94年)、「たけくらべ」(95年)、「にごりえ」(同年)、「十三夜」(同)を書きあげました。2年にまたがる、この期間は「奇跡の14か月」として文壇史に輝いています。

 日本語使いの名人、井上ひさしは「樋口一葉に聞く」という著作で一葉と架空インタビューをしています。絶頂を極めたその年に死んでしまったことについて、百歳まで生きたとしても、「大つもごり」「たけくらべ」「にごりえ」などを越える小説は書けなかったろうと問い詰め、「小説家として理想の死」だったと結論しています。

  「美化される病気」

 そうかもしれない、結核は才能ある多くの人の命を「これから」という年齢、「惜しい」と思わせる若さで奪っています。
 石川啄木(26歳)、高村光太郎(27歳)、滝廉太郎(23歳)、正岡子規(34歳)、中原中也(30歳)、青木繁(28歳)、国木田独歩(36歳)、梶井基次郎(31歳)、高山樗牛(31歳)…。小説家、詩人・歌人、画家、音楽家。様々な分野にわたる天才たちが結核で人生を終えています。
 結核には「美化される病気」(世界史を変えた13の病=ジェニファー・ライト)と感じさせる力があったようです。ライトは言います。「19世紀以降の多くの文学作品で、結核は天使のような美女の死に方として選ばれた」と。日本でも徳富蘆花は「不如帰」の主人公、浪子を結核患者に仕立て「月見草のように淑(しと)やかな生涯」(ウイキペディア)を終えさせています。

  造幣局長官と五千円札

 アイザック・ニュートンが万有引力の法則など主要な業績を達成したのは、ペストを避けて故郷に戻っていた18か月間のことであり、この期間を「創造的休暇」と呼ぶことは「独立メディア塾」で書きました。
 ニュートンの18か月、一葉の14か月。人生の爆発期はごく一瞬であることを見せてくれています。ニュートンは王立造幣局長官などを務め、一葉は五千円札の人物像になりました。どこか縁があるのでしょうか。
 ちなみに、日本の結核感染者は現在でも年間1万8000人、死者は1900人程度です。

(2020・05・20)
君和田 正夫

コメント投稿にはログインが必要です

パスワードを忘れた方はこちら

こちらのコメントを通報しますか?

通報しました