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2020年11月号

経済ウォッチング
竹中さん、ベーシックインカムを語ろう

上智大学文学部新聞学科教授 小此木 潔

 パソナ会長の竹中平蔵・元総務相が一人当たり「月7万円」を配るベーシックインカム(基礎的所得、BI)構想をテレビで語ったのをきっかけに、ネット上で反発の声が上がった。「7万円では暮らせない」「福祉の切り捨て論だ」といった指摘が目立つ。竹中氏はネットメディアのインタビューで「誤解だ」と反論しているが、議論がかみ合わないままで終わるのは惜しい。これを機に論争を深めたい。

  「一人7万円で生活できる」は否定

 竹中氏がBIを語ったのは9月23日のTBS『報道1930』でのこと。 筆者は番組を見ていなかったが、「国民全員に毎月7万円支給」「所得が一定以上の人はあとで返す」「ベーシックインカムを導入することで生活保護が不要になり、年金も要らなくなる。それらを財源に」という説明が画面に表示されたことを知った。

 福祉関係者などから反発が噴き出したのは、竹中氏が「自助」や市場原理を強調して「小さな政府」を唱える新自由主義の経済学者で、郵政民営化や規制緩和を推進した小泉純一郎政権の「改革の司令塔」役を担ったことが背景にあるだろう。しかし、竹中氏はJ-CASTニュースのインタビュー記事(10月10日付)「⽵中平蔵⽒に、もう⼀度ベーシックインカムを聞こう 『⽉7万で⽣活できるなんて、⾔ってないですからね』」で、「1⼈7万円で⽣活できる」とは⾔っていないと述べた。

「7万円というのはあくまでも平均」で、「財政的に⼤きな負担にならない」とし、家族4⼈で28万円は必要ないかもしれないから3、4⼈⽬はもっと安くすることもできると説明。「税⾦を増やしていいなら、⽀給を⼤きくできます」「社会保障の削減ということは、まったくない」とも述べた。

  生活保護、税制…具体的なビジョンを

 「年金を積み立てた分は保障しながら、ベーシックインカムに切り替える」「生活保護も、それを補うものとしてあっていい」「税金の率というのは累進課税で行い、所得が高い人には高い税率を課し、低い人にはマイナスの税率でお金を支給するシステムになります」とも語っている。

 新自由主義経済学の教祖的存在だったミルトン・フリードマンの「負の所得税」論(所得が税の基礎控除額を下回る人には補助金を配る)の強い影響がありありだが、その割には社会保障の強化と両立させる道も否定していないように聞こえる。これは言い訳なのか、何が本音なのか、よくわからない。
 竹中氏は、もっと具体的なイメージを語るべきだ。たとえば、現在の生活保護世帯の所得は今後、どれほど増えるのか。社会保障費の総額はどれだけ増えるのか、減るのか。税制をどのように改革するのか。負担増となるのは年収いくら以上の人々か…といったことである。

  「成長戦略会議」メンバーとして影響力

 BIは、AI(人工知能)の普及や仕事のオンライン化などで所得不平等がますます広がるであろうポスト・コロナの社会で、人間の尊厳を守りつつ、消費と人々の暮らしを支えることによって経済そのものを回し、成長を図るための柱となるべき政策である。菅政権が立ち上げた成長戦略会議の有力メンバーとなり、政権に強い影響力を持つと思われる竹中氏であればこそ、決して逃げずに、さまざまな疑問に答える方向で自らが考えるベストシナリオを堂々と打ち出すべき場面ではないのか。
 竹中氏の考えを批判する人々も、厳しい言葉を浴びせるだけでなく、ではどういう水準のBIをどんな財源でまかなえばよいと考えているのかを示し、議論を深めていってもらいたい。財源ひとつを考えるだけでも、きれいごとでは済まない。推進論者は竹中氏との論争を通じて、社会保障の強化を実現する切り札となるようなベーシックインカム論を鍛え上げていくべきだろう。
 多くの人々の賛同を得て実現への道を切り開くために欠かせないのは、そうした論争の進化であり、今がその好機ではないだろうか。竹中発言を奇貨としてネットやマスコミを問わず自由かつ冷静な議論の公共空間を広げ、未来に向けた説得力ある制度設計に活かそう。

小此木 潔

上智大学文学部新聞学科教授

1952年生まれ。
75年朝日新聞社に入り、ニューヨーク特派員、論説委員、編集委員など経て2014年4月から現職。
政策ジャーナリズム研究。
著書に『消費税をどうするか』(2009年、岩波新書)など、監訳書にベン・バーナンキ著『危機と決断』(2015年、KADOKAWA)。

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