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英国はどこへ行く?―EU離脱の後で

 2020年1月31日、英国は過去47年間加盟国だった欧州連合(EU)から離脱した。年末までは「移行期間」が続くものの、2016年6月の国民投票の結果を受けての新事態「ブレグジット(英国のEUから離脱)」である。EU、その前身となるEC(欧州経済共同体)、さらに「欧州石炭鉄鋼共同体」(ECSC)の1951年の発足にまでさかのぼっても、いったん欧州統合の組織に参加・加盟した国がこれを抜け出るのは前例がない。
「内向き化した」、「右傾化した」と評される英国は、いったい、どこに向かおうとしているのか?
離脱強硬派ボリス・ジョンソン首相の与党・保守党が単独過半数の議席を獲得した、昨年末の総選挙の様子を振り返りながら、聞こえてくる声に耳を傾けてみたい。


 12月12日に投・開票された総選挙。
 当初、その結果予想は普段よりも難しいように思えた。有権者がブレグジットの行方を決めどころとするのか、あるいは生活の質の向上を含む、通常の選挙で重視される政策の方を争点とするかが読みにくいと思われたからだ。
 しかし、ふたを開けてみると、有権者のメッセージは1つ。「とにかく、離脱を実行してほしい!」これが英国全体、特に人口の大部分を占めるイングランド地方の有権者の大きな願いであった。
 有権者の判断は残酷なほどにはっきりしていた。


最大の得票率(有効票全体の43・6%得票)を達成したのは、「ブレグジットを片付けよう(Let Brexit Done)」を何度も繰り返したジョンソン首相が率いる保守党だ。定員650の中で365議席を取得し、前回2017年の結果から47議席増やした。マーガレット・サッチャー首相の第2回目の圧勝(1987年)に次ぐ議席数である。
 最大野党・労働党(得票率32・2%)は59議席減の203議席。1935年以来の低議席数という大敗ぶりだ。


「残留」、「中道」、「離脱中止」派は嫌われた

 労働党はブレグジットをどうするかについて「中立」を維持した。もし政権が取れたら、「EU側と新たな離脱協定案をまとめる」、その後で「これを受け入れるかどうか、国民に投票の機会を与える」、この時には「残留の選択肢も入れる」という提案である。果たして労働党は離脱派なのか、残留派なのか。あえて言い換えれば、「気持ちは残留派だが、一応、離脱派のふりをしている」となるだろうか。
 これは、離脱派も残留派も同時に満足させる必要がある労働党の苦肉の策だった。
労働党の下院議員は圧倒的に残留支持で、ロンドンを含む大都市部の労働党エリート層も残留支持だったが、党の支持基盤となるイングランド地方中部・北部の労働者層の多くが離脱を支持していたのである。
 最終的に、これまでに一度も保守党に票を入れたことがない有権者までもが今回選択したのは保守党だった。「いつ離脱が実行できるのか、全く不明な労働党よりはまし」、と見られてしまった。


 総選挙の鉈(なた)はさらに、有権者の明確な意思を反映させていく。
 昨年5月、労働党及び保守党から若手・中堅の議員ら数人が党指導部への不満から、離党した。いずれも残留の強い信奉者である。その何人かは無所属で、残りの議員らは親欧州の野党・自由民主党に入って戦ったが、全滅した。


チャーチル元首相の孫も除名処分

 また、ジョンソン首相とEU側の間の離脱協定案に向けた交渉が決裂しても、「合意なき離脱」(離脱後の条件を決めずに離脱する)にならないよう、首相の手足を縛る法案を下院が可決した時、首相は荒療治に出た。この法案に賛同した保守党議員21人(中道派議員)を除名措置にしたのだ。
 この中には、ウィンストン・チャーチル元首相の孫や元法務長官も入っていた。この中の数人はのちに党に戻ることを許されたけれども、全員ではなかった。
 12月の総選挙で、無所属で戦った中道派議員らは次々と落選した。
 極めつけは、ジョー・スウィンソン女性党首が「もし政権を取れたら、離脱を中止する」と確約した自民民主党である。これで残留派有権者の支持を一気に獲得することを狙った。
 下院の単独過半数は326議席が必要で、自民党の選挙直前の議席数は12。「政権を取ったら…」とは、夢想に近い話だったが。
 結果は1議席減の11議席獲得。しかも、スウィンソン自身が地元スコットランドの選挙区で落選してしまった。
 単純小選挙区制度の伝統が長い英国では、たとえ1票の差でも勝ちは勝ち。国民投票では僅差だが離脱派が勝利している。これを「無視するとは、何事か」というわけである。
 スウィンソン元党首が主張したように、もし離脱自体を中止してしまったら、「離脱派である自分が投じた1票は全く意味がなかったことになる」、だから、「有権者(自分)を馬鹿にするな」という反発が出た。


 保守党に地滑り勝利を導いた最後の要素として、議会の大迷走があげられるだろう。
 議会内には残留支持議員が多く、「どのような離脱にするべきか」について、意見がまとまらないままに議論が延々と続いた。
 バーコウ前下院議長が「静粛に!静粛に!」と議場で声を上げる場面が世界中で紹介され、丁々発止の議論は一つの見世物としては確かに面白かった。しかし、議論の目的である「結論を出す」地点まで到達できず、常に振出しに戻るようでは、不満がたまる一方だ。
 いつしか、「議会制民主主義の限界ではないか」と言われるようになり、筆者もこれを否定できない状態となった。
12月の総選挙は、どれほど時間をかけても「決められない」議会に対し、有権者が「決めた」ともいえる。


経済よりも「文化的な安全性」

 国民投票のキャンペーンのスローガンの1つは「英国を自分たちの手に取り戻そう」だった。トランプ米大統領の「アメリカ・ファースト」をほうふつとさせるような、内向きのメッセージとして受け止められた。
 離脱支持拡大の理由には、旧東欧諸国からの移民流入による圧迫感がある。この文脈での「反移民感情」、そしてかつての大英帝国の歴史から「一国でもやっていける」という自負心が強いこともあって、離脱支持は「右傾化、保守化の表れ」という評価が定着した。
 しかし、「内向き化」、「右傾化」、「保守化」とされる英国で、これまでとは異なる、政治的現実が生まれていると英ケント大学マシュー・グッドウィン教授(政治学)が指摘している(サンデー・タイムズ紙、12月15日)。
 いずれの総選挙でも票の行方を左右するのは、これまでは経済問題が主であり、例えば小さな政府の保守党なのか、財政出勤が期待できる労働党政府なのかが選択肢となってきた。英国の場合、「代々保守党に、あるいは労働党に投票してきた」という長年の投票習慣も大きな要素だった。  しかし、グッドウィン教授によれば、経済的な安全性よりも「文化的安全性(cultural security)」を人々は重要と思うようになって来たという。例えば「伝統であり、個々のアイデンティティであり、どこに所属するか」である。自分たちの伝統、アイデンティティ、所属が脅かされたと感じた時、有権者は自分たちの不安感・不満感を解消する政党を選択するという。
 これは、これまでのような左派・右派という政治理論では割り切れないものだ。
 保守党政権はこれを承知しており、ジョンソン首相は全国民が利用する国民医療制度(NHS)の拡充、離脱後に負の影響が懸念される地域への投資増大、移民流入制度の改革、そして離脱という有権者による決定を実行に移すなど公約として選挙戦を戦い、圧勝を導いた。


「伝統、アイデンティ、所属」を重視

 「伝統、アイデンティティ、所属」を重要視する、というトレンドはイングランド地方以外の地域でも同様だ。
 北のスコットランド地方では2014年、英国から独立するかどうかの住民投票が行われている。結果は55%の住民が残留を支持し、独立は否決されたが、ブレグジットをめぐり、独立への気運が再燃している。先の国民投票で、スコットランドでは62%が残留を支持しており、英国全体のブレグジットによって、「意に反して」させられたという思いを持つ人がいるのは想像に難くない。
 スコットランド行政府のスタージョン首相(スコットランド独立党=SNP=党首)は独立を目指して今年、中央政府から住民投票の実施許可を得るため、奔走することになる。
 年末の総選挙では、SNPは13議席増やし、48議席を獲得している。英下院では保守党、労働党に次ぐ第3党である。SNPは一貫して離脱に反対してきた。
 国民投票では同じく残留派が多数を占めたのが、北アイルランド地方。総選挙では離脱強硬派の民主統一党(DUP)が2議席を失い、残留支持の複数の政党が初議席を獲得した。これをアイルランド島南部にあるアイルランド共和国への帰属への高まりと見て、アイルランド島の統一の可能性が強まったという人も少なくない。


「EU国」のひずみ 「非EU国」の課題

 最後に、気になるのは社会の「分断」がどうなるか、である。
 英国はもともと、エリザベス女王を頂点として、その家柄や資産・収入、職業の種類、教育程度などによって上流、上・中流(アッパー・ミドル)、中流(ミドル)、下・中流(ローワー・ミドル)、労働者階級(ワーキングクラス)に人を分類する(悪しき)慣習があり、最初から「分断社会」であったともいえる。
 しかし、離脱の是非を問う国民投票によってさらに大きな亀裂ができた。離脱派と残留派の真っ二つに割れてしまった。
 年末最後のメッセージで、ジョンソン首相は「英国を1つにしたい」、自分は「すべての人の首相」であると力説した。
 筆者はジョンソン氏が書いたチャーチルの伝記「チャーチルファクター」(プレジデント社)を共訳する機会を得たこともあって、ここ数年、同氏の政治行動を観察してきた。彼の政治信条は風見鶏的であり、その言説は「信頼に足る」とはいいがたい。「真実」、「事実」という概念は同氏の辞書にはないのだろうと思う。
 重要なのは、もともと離脱運動が広がったその原因に手を付けようとしている点だ。ここが先ほどの「新たな政治の現実」に相当する。NHSへの予算増額、移民管理の新制度導入、税金類の値上げ凍結、そして、「ロンドンとその周辺だけではない」地方経済・交通インフラへの投資。その1つ1つが、EU加盟によるひずみから生じた問題へと繋がっている。
 これまで、離脱支持者はこんなことを言われながら脅されてきたものだ。離脱すれば、「国際社会における位置が下落する」、「影響力が減少する」、「経済に大きな打撃を受ける」、「特に貧困層への打撃が大きい」、と。
 しかし、「国際社会」は本当に国民に十分な利益をもたらしただろうか、EUの一部としての経済は自分以外の誰か(例えばエリート層)に不当に恩恵をもたらしていたのではないか?国民の側には数々の疑問がある。「非EU国」となった英国で、国民の数々の疑問に応えることがジョンソン政権(とそれに続く政権)の課題になるのだろう。
英国民は、離脱を選択することで、政治家に「仕切り直し」を強制した。今度は政治家が汗をかく番だ。


 (在英ジャーナリスト、小林恭子)

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画像キャプション(写真説明)
*①「私たちの将来のことだ。私たちに決めさせてくれ」と書かれた、第2の国民投票を目指す組織の看板(2019年英議会前、撮影筆者)

*②離脱派と残留派市民との間で議論が始まる(2019年英議会前、撮影筆者)

*③「ブレグジットを停止せよ」、「ますます貧乏になるために投票した人はいない」などと書かれた、残留派のプラカード(2019年英議会前、撮影筆者)

小林 恭子

在英ジャーナリスト

1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。
外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。
英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。
「新聞研究」(日本新聞協会)、「GALAC」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。
著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『チャーチルファクター』(共訳、プレジデント社)、『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)

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