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「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」

 独立メディア塾 編集部

 二宮尊徳(1787年9月4日~1856年11月17日)の言葉、とされているが、尊徳の言葉としての記録はない。後世の人が発言の趣旨を解釈して作ったものと考えられる。内村鑑三の著作「代表的日本人」や講演から生まれた、という説が有力だ。

 ネットで二宮尊徳(二宮金次郎)を調べていると、次のような質問に出くわした。
“「尊徳の言葉として『道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である』というのがあるが、『犯罪→罪悪・罪』『寝言→戯れ言』など、いくつかのバージョンがある。この言葉の出典を知りたい」”
 実は筆者も出典を探していたが見つからなかった。小田原にある「報徳博物館」に問い合わせたところ、尊徳の言葉ではないという。内村鑑三(1861年3月23日~1930年3月28日)が講演などで経済と道徳について尊徳を引用して話しているので、その辺が出典ではないか、との話だった。
 内村はキリスト教思想家・文学者で「代表的日本人」の著者でもある。新聞記者も経験している。
 「代表的日本人」は英文で書かれた。二宮尊徳を西郷隆盛、上杉鷹山、中江藤樹、日蓮上人と並べて日本人を代表する5人の人物として取り上げている。
 内村は尊徳の地域再建案に高い評価を与えた。尊徳は「道徳力を経済改革の要素として重視する」ことなど、これまでになかった発想を打ち出し、数百と言われる村や地域の振興に尽くした。
 「この人間にはピューリタンの血が少しあったのです。むしろ舶来の『最大多数の最大幸福の思想』(注)にまだ侵されていない真正の日本人があったといえます」と評価した。
 幕府から利根川と江戸湾の間に新しく水路を作る排水計画を命じられたことがあった。
 この巨大事業に対する報告の中で尊徳は「最初に道徳があり、事業はその後に在るものです。後者を前者に先立ててはなりません」と言った。
 「内村鑑三全集」などによると、内村は各地で講演会を開き、近年日本で出された本の中で最も感化力あるものとして、尊徳の「報徳記」を挙げた。
 「尊徳は経済と道徳の間に橋をかけた。それなのに今の英米の学者たちは経済学を以って単に利益を生む学問として倫理や道徳と関係ないとしている」と尊徳をほめた。このへんから「道徳なき経済は犯罪であり…」の言葉が生まれた、と推察できる。

(注)英国の哲学者・経済学者・法学者だったジェレミ・ベンサム(1748年~1832年)が説いた考え。「個人の幸福の総計が社会全体の幸福であり、社会全体の幸福を最大化すべきだ」という考え。多数派を優先して少数派を無視・軽視することにつながるので功利主義と呼ばれた。  

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