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温暖化を信じてもらえなかった時代

在英ジャーナリスト  小林 恭子

 私たちが住む地球は年を追うごとに温暖化し、気候変動による様々な影響が世界中で発生している。

 今とはなっては、ほとんどの人がこの説明に疑問を挟まないはずだ。

 温暖化が発生しているのかどうかという議論はすでに終わり、現在の課題は悪影響を防ぐには「どうするのか」、「何ができるのか」に移っている。

 10月31日から11月12日まで、英スコットランド地方の都市グラスゴーで開催される、地球温暖化を防ぐための国際会議「COP」の26回目の会合(「COP26」)も、まさに「何をどうするか」に焦点が置かれている。

 不正取得された大量の情報

 しかし、約10年前までは、科学者たちは「温暖化現象が起きている」ことを国民に認識してもらうことに苦労した。英国には、今でいうところの「フェイクニュース」に苦しめられ、自殺寸前まで行った科学者がいた。

 COP26の開催を機に、地球温暖化とこの科学者が巻き込まれた事件に注目してみたい。

 2009年11月17日、気候研究の世界的拠点となる英イーストアングリア大学の気候研究所のサーバーに何者かが不正侵入していたことが発覚した。1996年から2009年までに作成された1000通を超える電子メール、3000点の文書を含む大量の情報が不正取得されていたのである。

 同月19日以降、気候関連のブログやウェブサイトにデータの一部がアップロードされ、当初は地球温暖化現象を否定するブログで大きく取り上げられた。大手メディアもこれを追った。地元ノーフォーク警察やロンドン警視庁の電子犯罪部門が捜査に乗り出した。

 英ガーディアン紙が調べたところによると、電子メールの大部分は気候研究所の当時の所長フィル・ジョーンズを含む4人の気候学者間のやり取りの記録だった。

 温暖化否定論者の特に大きな批判の対象となったのが、1999年11月16日、ジョーンズ所長が書いたある電子メールだ。

 「TRICK」とは 「 HIDE」とは

 ジョーンズはこの時、国連の世界気象機関(WMO)による気候についての現状見解に付けるグラフを準備していた。気候研究所の同僚やほか気候学の関係者に向けて、以下のようなメールを出した。問題とされた個所を黒字・下線にしてみた。

 「・・・マイクが『ネイチャー』誌でやった、過去20年間(つまり1981年以降)のデータ系列に実際の気温を付け加えるという技(わざ)(trick)を使って、1961年以降は、同僚キース・ブリファによる、年輪を基にした気温データが示す下落傾向を隠す(hide the decline)作業を今終えたばかりだ。ではこれで。フィル」。(理解を助けるため、若干言葉を補足)。

 温暖化否定論者が飛びついたのは、「技(わざ)(trick) 」と「下落傾向を隠す(hide the decline)」という部分だった。否定論者たちは、科学者が「気温低下を隠すために、数字を操作したのだ」と主張した。

 ところが、この「トリック」という言葉は「ごまかし」、「手品」などの意味の他に、「コツ」、「うまいやり方」、「効果的な方法」という意味もある。ここでは、仲間内の会話の中で、「何とか、うまいやり方で作ったぞ」というニュアンスで使われたものだった。統計学者の間では特異なデータの処理の際に「トリック」がよく使われるという。

 「下落傾向を隠す」という表現も、「温暖化など、存在しない」、「温暖化を主張する科学者はうそをついている」と考える人からすれば、「やっぱり、下落を隠していたんだ」という発想につながった。

 ところが、実際には1990年代は気温が上昇した10年間となっており、「下落傾向」を「隠す」必要はなかった。

 ではなぜこのような表現になったのか。

 1960年頃から、木の年輪データから判断した推定気温が実際に計測した気温よりも低い値を示すようになっていた。そこでジョーンズは「真実の記録」を残すため、途中までは年輪による推定気温を使い、途中からは計測気温のデータを入れて調整したものをグラフ化したのであった。

 木の年輪から推定した温度

 メールの中に出てくる「マイク」とはマイケル・マンのことで、木の年輪から過去1000年以上の気温変化を見積もった結果を発表した学者だ。気温の変化をグラフ化すると、20世紀に入って気温が急激に上昇するため、ホッケーの棒を思わせる曲線を描く。これは「ホッケースティック曲線」と呼ばれ、地球温暖化が人為的に発生したということを示す証拠として頻繁に引用されるようになった。

 ホッケースティック曲線にごまかしがあったとすれば大問題で、ジョーンズらの一連のメールは、温室効果ガスの排出規制で不利益を被るビジネス、その意をくむ政治家や国家、温暖化懐疑主義者の格好の攻撃対象となった。

 ホッケースティック曲線、年輪パターンから推測する気温、計測気温、調整作業などを説明するには時間がかかるが、メールの一部を拾って「ごまかしだ」、「やっぱりうそをついていたんだ」と判断するのはたやすい。

 英国の保守系メディア「デイリー・メール」は「大規模な気候変動詐欺」と題する見出しで報道し、米国の温暖化懐疑主義の政治家、そして世界中のメディアがジョーンズらの「ごまかし」を批判的に報じた。

 英米のメディアは、米国史上最大の政治スキャンダル「ウォーターゲート事件」(1972年)をまねて、これを「クライメート(気候)ゲート事件」と呼ぶようになった。

 不正侵入の発覚は2009年11月末だったが、12月7日からCOP15がデンマーク・コペンハーゲンで開催されることになっていた。不正侵入には会議の行方に影響を与える意図もあったのかもしれない。現在も、誰が不正侵入をしたのかは判明していない。

 世界中のメディアの一斉攻撃に遭ったジョーンズは、自殺未遂を行うまで追い込まれた。ジョーンズと妻のルースさんへの殺害予告メールも殺到した。同時に、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)への信頼性も揺らいだ。

 2010年3月31日、クライメートゲートについての事実関係を調査していた英下院の科学技術委員会は「温暖化データのごまかしはなかった」とする報告書を出した。そのほかの複数の公的調査も、関係者に不正がなかったことが判明した。一連の保守メディアによる報道やジョーンズを攻撃した政治家らはフェイクニュースを広げたことになった。

 偏見を持たずにCOP26に

 スキャンダル発覚から調査が終了するまで一旦は大学の気候研究所の所長役から身を引いていたジョーンズは、後に職に復帰することができた。現在は所長ではないが、気候学者としての活動は続いている。

 今年10月18日、BBCはジョーンズに焦点を当てたクライメートゲートについてのドラマ「The Trick(ザ・トリック)」を放送した。


▽BBCのドラマ「ザ・トリック」
https://www.bbc.co.uk/iplayer/episodes/m0010s10/the-trick

 番組を視聴したジョーンズ夫妻に送られてきたメールの内容は激励や支持ばかりだったという(タイムズ紙、10月24日付)。「ヘイト・メールはなかった」。

 ドラマの放送を機にイーストアングリア大学に設置された特集ページの終わりに、ジョーンズはこう述べている。「COP26に参加する政治家には、偏見を持たずに来てほしい」、「子供たちや孫たちの将来を変えるために」行動を起こしてほしい、と。


BBCで放送された、クライメートゲートのドラマ「ザ・トリック」
(BBCのウェブサイトからキャプチャー)

▽イーストアングリア大学の特集ページ
https://stories.uea.ac.uk/the-story-behind-the-trick/?_ga=2.171234848.1098196368.1635421827-33279595.1635421827

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