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「過去は泣き続けている」

 独立メディア塾 編集部

 井上ひさし(1934年11月16日~2010年4月9日)の「芝居とその周辺」に収められた「絶筆ノート」から。井上は小説家、劇作家、放送作家として幅広く活躍し、NHKで放映された「ひょっこりひょうたん島」は国民的人気番組になった。小説から戯曲、評論まで幅広く活躍し、「手鎖心中」(小説)、「藪原検校」(戯曲)、「吉里吉里人」(小説)、「自家製文章読本」(評論)など多数の作品を残した。

 「井上ひさし『絶筆ノート』」は亡くなる前年の平成21年(2009年)10月19日(月)、息が苦しくなるところから書き始めている。11月2日、タクシーで茅ケ崎徳洲会総合病院に入院、その「第一日」、「第二日以降」までの記録になっている。入院後のノートにはカルテ・IDナンバー、主治医名から採血の名人の「眼鏡をかけた無口中年女性」まで記録されている。
 「第一日」は胸水を抜くための苦しみ。「チューブを胸膜と肺の間まで、突っ込み、胸水を採ってチェストブレードに貯める。チューブ先端を胸膜と肺に突き込むときの痛さ苦しさは筆舌に尽くしがたい」。
 「第二日以降」の最後のページに表題の言葉がある。井上ユリ夫人によると、新国立劇場で上演する「東京裁判三部作」のチラシに掲載するコピーとして考えられた文章だという。上演時間9時間の「東京裁判」を書きたい、というのは井上がずっと願っていたことだった。
 3部作の第1作は2001年の「夢の裂け目」、03年の「夢の泪(なみだ)」、06年の「夢の痂(かさぶた)」。井上が考えていた三部作の一挙上演は実現しなかったが、3カ月にわたる連続上演が実現し、その第一部「夢の裂け目」の初日が開いた翌日、井上は亡くなった。(井上ひさし「初日への手紙 東京裁判三部作のできるまで」から)

 以下はチラシの全文。

 過去は泣きつづけている―
 たいていの日本人がきちんと振り返ってくれないので。
 過去ときちんと向き合うと、未来にかかる夢が見えてくる
 いつまでも過去を軽んじていると、やがて未来から軽んじられる
 過去は訴え続けている
 東京裁判は、不都合なものはすべて被告人に押しつけて、お上と国民が一緒になって無罪地帯へ逃走するための儀式だった。
 先行きがわからないときは過去をうんと勉強すれば未来は見えてくる
 瑕こそ多いが、血と涙から生まれた歴史の宝石

 井上の死生観を物語る名文句がある。戯曲「イヌの仇討」の一節だ。吉良上野介側から見た忠臣蔵。元禄十五年12月15日討ち入りの設定で、上野介の言葉としてお吟さまが話す。
「そう慌てるな。死ぬには熟練はいらぬ。稽古もいらぬ。修行もいらぬ。熟練がいるのは生きることについてだけじゃ」。

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