何のための「経済対策」ですか?
ジャーナリスト / 元上智大学教員 小此木 潔
これは本当に経済対策なのだろうか。来夏の参院選に向けた政治活動ではないか。そんな印象をぬぐえない大盤振る舞いで、総額55.7兆円の「経済対策」を政府が閣議決定した。意味のある財政支出なら、むげに反対もできない。コロナとの闘いで疲弊した暮らしと経済の立て直しに本当に必要であるのならば賛成したいところだ。
しかし、やはりどこかがおかしい。だからこそ、問うておきたい。このような税金の使い方は、正しいのか。この規模は妥当なのか。巨額の財政負担のツケはだれがどうやって払うのか。これは経済対策というよりも、それに名を借りた政権維持のためのばら撒き政策ではないのか、と。国会はこれらを質す場として機能してほしい。
財政支出の総額はこれまで最大だった2020年4月の経済対策(48.4兆円)を上回る。
11月20日付の日本経済新聞の1面トップ記事は、いつになく「怒り」がにじむ見出しで、筆者には印象的だった。それは以下の通りである。
筆者は日経とだいぶ考えが違うが、「賢い支出」がなかなか見当たらないという指摘は当たっていると思う。少なくとも、疑問だらけであるというしかないのが今回の対策だ。
感染拡大期にこの事業は火に油を注ぐ結果をもたらした。こんどは感染が収まったからいいだろう、などというのもおかしい。感染の不安が落ち着けば、人々の旅行需要は自然に盛り上がるに違いない。わざわざ税金を投入して応援する必要があるのだろうか。
しかも、旅行に出かける金や時間のある人達が主な補助対象となる。富裕層や比較的豊かな人々が多く含まれていることは確かだ。もっと困っている人々への補助を優先しなくていいのだろうか。1兆円の巨費で、できることは沢山ある。多様な選択肢と比較しながら決めるべきではないのか。たとえば、医療や社会保障の担い手で低所得に置かれている人々の給与改善に振り向けるべきではないのだろうか。
医療保険や介護保険といった制度下で抑えられている人々の賃金を引き上げようとすること自体は悪くない。むしろ当然であり、今後の感染症対策や高齢社会への対応力を増すためにも、急ぐべきだ。しかし、問題は賃上げに使う原資が、あまりにも小さいということである。とても「賢い支出」とは呼べない。
介護労働者の待遇改善は、かつて民主党政権が一人当たり1万5000円の給与増を念頭に補助金を事業所に給付したことがある。岸田政権が「新しい資本主義」の大風呂敷を広げ、その目玉事業がこれだというのであれば、Go Toトラベルの約1兆円はこのような分野に回して、「成長と分配」の好循環を作り出す起爆剤にするくらいの意気込みを見せてほしい。
「小泉改革以降の新自由主義的な政策を転換する」。岸田氏は自民党総裁選で、そう訴えた。その言葉が嘘でないのなら、思い切った転換の象徴となる具体策を見せてもらいたい。
たとえば生活保護制度を使いやすくするとか、ひきこもりの人々に就労の機会を提供するなど、格差是正と消費拡大につながる政策メニューはいくらもある。
「成長と分配」は卵と鶏のように、どちらが先かは断定しにくい。しかし、成長を待つのではなく創り出すために、需要創出の呼び水として、今は分配のボタンを力強く押してみるべきタイミングではないだろうか。
しかし、やはりどこかがおかしい。だからこそ、問うておきたい。このような税金の使い方は、正しいのか。この規模は妥当なのか。巨額の財政負担のツケはだれがどうやって払うのか。これは経済対策というよりも、それに名を借りた政権維持のためのばら撒き政策ではないのか、と。国会はこれらを質す場として機能してほしい。
「賢くない支出」だらけ?
この経済対策は4本の柱で構成し、「新型コロナウイルス感染症の拡大防止」に22.1兆円、「未来社会を切りひらく『新しい資本主義』の起動」に19.8兆円、「『ウィズコロナ』下での社会経済活動の再開と次なる危機への備え」に9.2兆円、「防災・減災、国土強靱化の推進など安全・安心の確保」に4.6兆円の財政支出をそれぞれ行うという。財政支出の総額はこれまで最大だった2020年4月の経済対策(48.4兆円)を上回る。
11月20日付の日本経済新聞の1面トップ記事は、いつになく「怒り」がにじむ見出しで、筆者には印象的だった。それは以下の通りである。
「経済対策、見えぬ『賢い支出』」。
記事は、「未来の成長を呼び込む『賢い支出』とは言いがたい項目が目立ち、目標とする『成長と分配の好循環』につなげられるかは見通せない」と厳しい評価を下した。「賢くない支出」のオンパレードを嘆くトーンが前面に打ち出されたものだった。筆者は日経とだいぶ考えが違うが、「賢い支出」がなかなか見当たらないという指摘は当たっていると思う。少なくとも、疑問だらけであるというしかないのが今回の対策だ。
Go Toキャンペーンは富者優遇
たとえば、「『ウィズコロナ』下での社会経済活動の再開と次なる危機への備え」のうち約1兆円がGo To トラベル事業向けだという。旅行代金の割引率を従来の35%から30%とし、補助額の上限は従来の2万円から1万3000円に引き下げるというが、税金を使ってまでこの事業をする正当な理由があるのか。とことん国会で議論すべきだ。感染拡大期にこの事業は火に油を注ぐ結果をもたらした。こんどは感染が収まったからいいだろう、などというのもおかしい。感染の不安が落ち着けば、人々の旅行需要は自然に盛り上がるに違いない。わざわざ税金を投入して応援する必要があるのだろうか。
しかも、旅行に出かける金や時間のある人達が主な補助対象となる。富裕層や比較的豊かな人々が多く含まれていることは確かだ。もっと困っている人々への補助を優先しなくていいのだろうか。1兆円の巨費で、できることは沢山ある。多様な選択肢と比較しながら決めるべきではないのか。たとえば、医療や社会保障の担い手で低所得に置かれている人々の給与改善に振り向けるべきではないのだろうか。
医療・介護の賃上げは期待外れ
経済対策によれば、「未来社会を切りひらく『新しい資本主義』の起動」の一環として看護師、介護士らの賃上げに約3000億円の財政支出が充てられるという。だが、賃上げは看護師で一人当たり月額約4000円、介護職員は約9000円という。とてもこれで底上げできるなどとは呼べない金額である。新しい資本主義という大風呂敷を広げたにしては、あまりにもささやかで、期待外れというほかはない。医療保険や介護保険といった制度下で抑えられている人々の賃金を引き上げようとすること自体は悪くない。むしろ当然であり、今後の感染症対策や高齢社会への対応力を増すためにも、急ぐべきだ。しかし、問題は賃上げに使う原資が、あまりにも小さいということである。とても「賢い支出」とは呼べない。
介護労働者の待遇改善は、かつて民主党政権が一人当たり1万5000円の給与増を念頭に補助金を事業所に給付したことがある。岸田政権が「新しい資本主義」の大風呂敷を広げ、その目玉事業がこれだというのであれば、Go Toトラベルの約1兆円はこのような分野に回して、「成長と分配」の好循環を作り出す起爆剤にするくらいの意気込みを見せてほしい。
分配から回したい経済の歯車
市場原理を優先したい人々からは、「特定の人々をてこ入れすべきでない」といった批判も出るだろうが、これらの人々は診療報酬や介護報酬といった仕組みで賃金が抑えられてきたのだから、その処遇の改善は市場任せでいいはずがない。政策課題であり、政府が責任を持って判断すべき事柄である。「小泉改革以降の新自由主義的な政策を転換する」。岸田氏は自民党総裁選で、そう訴えた。その言葉が嘘でないのなら、思い切った転換の象徴となる具体策を見せてもらいたい。
たとえば生活保護制度を使いやすくするとか、ひきこもりの人々に就労の機会を提供するなど、格差是正と消費拡大につながる政策メニューはいくらもある。
「成長と分配」は卵と鶏のように、どちらが先かは断定しにくい。しかし、成長を待つのではなく創り出すために、需要創出の呼び水として、今は分配のボタンを力強く押してみるべきタイミングではないだろうか。