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「自分の声を発したい」―BBCを去るジャーナリスト

在英ジャーナリスト  小林 恭子

 英BBCの著名ジャーナリストの一人、アンドリュー・マーが勤務21年を経て、BBCを年内で去ることになった。「自分の声を発したい」というのが、その理由だ。

 来年からは民放ラジオ局LBCで、出演者が思い思いの意見を表明する番組の司会役を務めたり、新聞に署名記事を書いたりするという。

 公共放送BBCのニュース報道の基本は、不偏不党である。報道番組にかかわるジャーナリストは、個人の政治的見解を放送中に表明してはいけないことになっている。

 マーは日曜日の朝、BBCで放送中の報道番組「アンドリュー・マー・ショー」の司会を担当しているが、10月放送の番組内で、ボリス・ジョンソン首相を厳しく問い詰める場面があった。

 これに対し、デジタル・文化・メディア・スポーツ相ナディーン・ドリスが「マーは不偏不党を逸脱した」と発言。一方のマーは、政治週刊誌「スペクテーター」への寄稿記事(10月21日付)の中で、こう書いた。

 「BBCの報道記者は個人の意見を表明しないことになっているが、いくばくかの意見を持っていないなら、物事を考えてさえもいないなら、良い政治インタビューは到底できないだろう」。

 過去16年間、看板番組「アンドリュー・マー・ショー」を担当してきたマーは、一体どんなジャーナリストなのか。振り返ってみたい。

 新聞記者から放送界へ

 1959年、スコットランド・グラスゴーで生まれたマーは、現在62歳。父は金融機関のマネージャーで、裕福な家庭に育った。私立校からケンブリッジ大学に進み、優秀な成績で卒業した後、スコットランドの有力紙「スコッツマン」の見習いとなった。数年後、議会報道記者としてロンドンに向かった。

 1986年には、元保守系新聞の記者たちが創刊した新聞「インディペンデント」に創刊メンバーの一人として入った。しかし、これはあまり長く続かず、ニュース週刊誌「エコノミスト」に転職。数年後にはまたインディペンデントに戻り、1996年、編集長に就任するまでになった。

 ところが、マーが率先した紙面改革はうまく行かず、ライバル新聞社がインディペンデントつぶしのために仕掛けた価格戦争にも敗れた。98年、マーはインディペンデントを解雇されてしまう。その後数か月でまた古巣に戻ったものの、長続きはせず、またもインディペンデントを出た。出たり、入ったりの人生である。

 フリーランスとしてほかの新聞に原稿を書きながら、BBCテレビで英国の現状を俯瞰するシリーズの番組ナレーターを務めた。これを基にして本を出版し、本はよく売れた。放送ジャーナリストとしての新しいキャリアが始まった。

 2000年、マーはBBCの政治部長に抜擢される。政治記者の中で最高位のポジションだ。大物政治家にも次々とインタビューし、押しも押されもしない存在となった。

 友人の付き合いを停止

 マーは、この時期に外国プレス協会に招待され、外国人ジャーナリストたちの質問を受けた。「政治の内情に詳しいが、どのようにして情報を取りながら、不偏不党のジャーナリズムを貫いているのか」。

 マーは、こう答えた。「難しいが、ある政治家について批判的な報道をしても、それが真実だったら、相手にも分かってもらえる」。

 トニー・ブレア首相(在職1997年~2007年)は、「かつては互いの家で食事を共にする友人の一人だった」という。しかし、ブレアが労働党首になった1994年以降、「友人同士としての付き合いを停止した」。彼なりの政治家との距離の取り方だった。
 
 05年に政治部長職を辞め、マーはBBCテレビの大型報道番組の司会や、英国の近代の歴史を描くシリーズ、エリザベス女王をテーマにしたシリーズなどでナレーターを務めた。毎週月曜日にはBBCラジオで様々な分野の本と著者を紹介する「スタート・ザ・ウイーク」を担当。時折新聞のコラムも書いた。テレビのシリーズ物を書籍化し、数冊のベストセラーを出した。

 八面六臂の活躍ぶりを見せたマーだったが、2008年前後、愛人に子供を産ませていたことが発覚し、12年には公道で女性の同僚と熱い抱擁を交わす姿を撮影された。

 しかし、マーの活躍を止めたのはスキャンダルではなかった。

 2013年、心臓発作で倒れてしまったのである。

 数か月の治療の後、マーは少しずつ仕事を再開していったが、体の一部が不随となった。テレビに復帰した当初は、言葉がすぐには出てこなかった。病気前の活躍を見てきただけに、何とも変わり果てた姿だった。

 3年前にはすい臓がんの診断を受け、早期発見だったため大事には至らなかったものの、また一歩、後退を迫られた。

 心臓発作から、約8年。政治家に畳み込むように質問を重ねるその姿はかつてのマーとそっくりそのままにも思える。しかし、画面に出るマーをよく見ると、左手がいつもズボンのポケットに入っている。左半身が一部麻痺しており、ほとんど動かせないからだ。「走ることができない。自転車に乗れない。泳げない。自分ではボタンをはめられず、靴紐を結べない」という(サンデー・タイムズ紙のエッセー、電子版2月10日付)。

 事実をもとに追い詰める

 昨年7月、マーのインタビューが日本に住む人の間で注目を浴びたという。

 中国の劉暁明駐英大使が「マー・ショー」に登場した。新疆ウイグル自治区でウイグル人が目隠しをされて列車に乗せられている様子に見えるドローン映像を見せられ、「何の映像か分からない」と述べた。また、中国政府が新疆ウイグル自治区でウイグル人女性の不妊手術や妊娠中絶を強制しているという現地報道を否定した。


▽BBCの動画 駐英中国大使、BBC番組でウイグル人の強制収容否定 ビデオを見せられ
https://www.bbc.com/japanese/video-53465253


 マーは矢継ぎ早に質問を投げかけ、大使も負けずに言い返す。このやりとりを見た日本人から、「さすが、BBC」という称賛の声があがったというのである。

 私はこの時、生で番組を見ていたが、マーは事実を基にして、落ち着いた様子で大使を「攻めて」いた。むしろ、駐英大使のやり返しが鋭いという印象を持っていた。

 BBCのジャーナリストの中には相手を挑発するような質問を発する人も多い。マーは必ずしもそのようなスタイルを取らず、入念に調べた事実の数々を相手に突きつけることによって、視聴者に真実とは何なのかを見せていく。先の大使のインタビュー動画でも、それが分かる。

 以下は英語のみだが、今年1月、ジョンソン首相をインタビューしたときの動画である。マーと首相はじっくりと互いの目を見ながら話す。首相の「嘘」を見抜き、これを視聴者にもわかるように展開するのが、マーの役目だ。


▽アンドリュー・マー・ショーでの、ジョンソン首相のインタビュー
https://www.bbc.co.uk/news/av/uk-politics-55520734


 それが大使であろうと、あるいは一国の首相であろうと、大企業の経営者であろうと、BBCのジャーナリストがインタビューをするときは権威に遠慮はしない。

 むしろ、「相手が権力者だから、遠慮しているな」と視聴者が思ったとしたら、そのジャーナリストは「やるべきことをやっていない」と思われ、評価はがた落ちする。

 マーは「マー・ショー」で政治家を頻繁にインタビューしてきた。そのためには「ぎりぎりまで、徹底的に準備する」のが自分流だという。日曜日放送の番組のためには、月曜日から水曜日まで関連の情報に触れ、木曜日から本格的な準備に入る。番組の調査担当者らと「際限なく議論し、事実を確認し合う」のである。

 土曜日はズームを使って番組チームと細かい打ち合わせをし、日曜日は生放送の開始が午前9時だが、4時間前の5時に起きて、スタジオに向かうのだという。

 政治的には左派系らしいマーだが、BBCのジャーナリストとしての彼はその政治姿勢を鮮明にしてこなかった。

 ある程度の年齢層の人ならば、60歳を過ぎて、より自由な場に行ってみたいというマーの気持ちが共感できるのではないか。

 先のサンデー・タイムズ紙のエッセー記事によると、趣味は自宅近くに借りたアトリエで絵を描くこと。人生のアドバイスとは:「働け。親切であれ」。
 
 これもまた、年を重ねると、より納得がいくアドバイスだ。



絵を描くのが趣味という、アンドリュー・マー
(電子版サンデータイムズ紙、2月10日付)

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