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「舌を抜かれる女たち」

 独立メディア塾 編集部

 メアリー・ビアード(1955年1月1日生まれ)は古代ローマ文明を研究する英国学者。ケンブリッジ大学古典学教授。ロンドンタイムズ紙文芸付録の古典文学編集者。(2020年1月10日出版時)。表題の言葉は原題「Women & Power」の日本語訳。女性の演説で取り上げられるのは女性問題に関するものばかり、と批判している。訳者あとがきによると、著者が2014年と2017年に行った講演をまとめたもの。

 ビアードはこの本で3000年前にホメロスが書いた「オデュセイア」の冒頭部分を紹介し、現在と比べる。オデュセイアの妻ペロネペイアが吟唱詩人の唄に注文を付けたところ、息子のテレマコスが遮った。「母上、今は部屋に戻って、糸巻と機織りというご自分の仕事をなさってください。…人前で話しをするのは男たちの仕事、とりわけ私の仕事です」と。  そして、現代。この古典と同様「現代でも、議会から仕事場まで様々な政治的な場において、女性は黙らされています」。
 少し長いが、第一部「女が発言すること」から彼女の指摘を引用する。
 「いわゆる〈名演説100選〉のたぐいを検索すると、婦人参政権活動家エメリン・パンクハーストから、北京でおこなわれた国連主催世界女性会議でのヒラリー・クリントンの演説まで、女性の発言で取りあげられているのは、女性問題に関するものばかり。女性の演説でその手の選集に最も選ばれやすいのは、おそらく、アメリカの元奴隷で奴隷制廃止論者であり、女性運動家のソジャーナ・トゥルースによる1851年の『あたしは女ではないの?』演説(注)だと思いますが、これもやはり同じです。」
(注・演説の一部)あたしは13人の子を産み、そのほとんどが奴隷として売られるのをこの目で見てきたんだ。母親としてのあたしの嘆きや叫びに、耳を貸してくださったのはイエス様だけだった。じゃああたしは女ではないの…」(ソジャーナ・トゥルースは1851年5月29日にこの演説をしている)

 「(この演説の)決定版とされるものが書かれたのは(略)それから10年も経ってのことでした。今ではすっかり有名になった『あたしは女ではないの?』のくり返しが挿入されたのはそのときで、本人がそんな言葉を口にしていないことはまず間違いありません」。
 「奴隷制廃止論者の言葉に似つかわしく、全体が南部訛りに翻訳されました。彼女は北部出身で、オランダ語話者として育てられたというのに。女性問題を訴える声は重要ではなかった、あるいは重要ではないと言いたいのではなく(女性のために誰かが発言しなければなりません)女性の発言が何世紀ものあいだ、この狭い分野に制限されてきた事実を指摘したいのです」。
 第二部「女性がパワーを持つということ」では、「何のために女性を国会に送り込みたいのか」という問題提起をしている。女性議員は女性関連問題(たとえば子育て、男女同一賃金、DVなど)の立法に関わる傾向が強い、という研究結果が多い、ということについて「子育てその他の問題をきちんと世間に訴えることは大事ですが、それを“女性関連問題という枠組みに押し込め続けるのは疑問です”」「社会が無意識のうちに役割分担を押しつけて、女性がそうした議論から除外されているのだとすれば、はなはだ不当」と論じている。

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