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巨大経済圏を平和と繁栄の礎に

ジャーナリスト / 元上智大学教員 小此木 潔

 日本と中国、韓国と東南アジア諸国連合(ASEAN)などの15か国が参加して自由貿易圏をつくる「地域的な包括的経済連携協定」(RCEP)が1月1日から発効し、世界最大規模の経済圏が発足した。これといったセレモニーもなく、新聞やテレビの報道も地味で静かな幕開けだったが、世界の国内総生産(GDP)と人口のそれぞれ約3割を占める巨大経済圏の誕生は、日本を含むアジアのこれからの平和と繫栄の礎となりうるものだ。

 世界最大の貿易圏を形成

 モノやサービスの自由貿易を推進する国際的取り決めは一般に「自由貿易協定」(FTA)と呼ばれるが、日本政府は労働分野なども加味して「経済連携協定(EPA)」と呼んでいる。いずれにせよ、RCEPが全加盟国で発効すると、人口約23億人、国内総生産(GDP)の合計額では約25兆ドル。EU(欧州連合)などを上回る世界最大の巨大経済圏になる。
 これまで批准の手続きが済んだのは日本、中国、タイ、シンガポール、ブルネイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、オーストラリア、ニュージーランドの10カ国。韓国は2月1日に発効し、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、フィリピンも順次手続きを終えて発効する。
 参加国は、相互に工業製品や農産物の関税を削減・撤廃し、投資や知的財産の保護などの共通ルールを適用する。これによってたとえば日本から中国へ輸出される自動車部品や日本酒の値段が下がり、中国での需要拡大と日本企業の収益増加が見込まれるなど、各国間の貿易ビジネスが広がり、地域全体の経済発展が加速することになる。

 中国・韓国との貿易拡大効果

 RCEPはとくに日本にとって有利な経済環境をもたらす。それは、日本にとって最大の貿易相手国である中国と、3番目の韓国が入っているからだ。政府はRCEPが日本のGDPを2.7%程度押し上げる効果を発揮すると試算している。
 押し上げ効果の内訳は輸出0.8%、民間消費1.8%などとされ、雇用も0.8%増加するといい、約57万人分に相当するという試算もある。
 政府は米国が離脱して11カ国でつくる現在の環太平洋経済連携協定(TPP)によるGDPの押し上げ効果は1.5%程度、米国が入るとしても2.6%程度と試算していたという。日本と欧州連合(EU)との経済連携協定の押し上げ効果は1.0%程度だから、RCEPの経済効果の大きさがわかる。
 日本と中国、韓国はもともと「日中韓サミット」などの機会に3国間の自由貿易協定を結ぶための話し合いを重ねてきたが、徴用工をめぐる政治対立が貿易関係にも影を落とすなど停滞しがちだった。しかし、RCEPが発足したことで、日中韓FTA協定の交渉も進む可能性がある。その場合は、RCEPの内容にさらに自由化措置を上積みすることが不可欠の条件となる。

 「米中経済切り離し」は不可能に

 RCEPの誕生は、中国経済を米国から切り離す「デカップリング」を進めようとする米国内の対中強硬論者だけでなく、それ以外の経済関係者にも影響を及ぼすだろう。アジア域内の自由貿易が進めば、米国企業にとって不利な競争環境が生まれる。中国は世界最大の自動車市場であり、ASEANの将来も明るい。米国のビジネス関係者にとって巨大な中国・アジア市場を失うことなど考えたくないに違いない。
 米企業は、中国による人権抑圧を非難するバイデン政権に同調はするとしても、水面下では今後、TPPへの米国の復帰を働きかけるか、RCEPに米国も加わるよう求めることになるのではないか。その結果、米国でも中国でも、平和的発展をもたらす経済環境をみすみす破壊するような対立や軍事行動などは控えるべきだとの声が強まるだろう。
 こうしてみると、RCEPは米国と中国の対立を緩和する要因となる可能性がある。日本にとっても、中国にとっても、また米国にとっても対立緩和が望ましい。経済を壊さないためには平和のための妥協が不可欠であり、台湾海峡や南シナ海の緊張が武力衝突に発展しないようにすることがそれぞれの利益であるという認識が定着していけば、この巨大経済圏の未来は戦争に対する抑止力となりうる。
 自由貿易の推進は産業の淘汰を伴いがちだし、企業の浮沈が雇用にも大きな影を落とす。自由貿易を単に礼賛するわけにはいかず、政府による企業や個人への支援も工夫しなければならない。とはいえ、相互依存の深まりのうちに、観光などで人々の交流機会が増え、平和と繁栄への展望が開けることを期待したい。

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