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「極楽の余り風が吹き抜ける」

 独立メディア塾 編集部

 高橋順子(1944年8月28日~)は詩人。「歴程」同人。俳号は泣魚(きゅうぎょ)。表題の言葉は著書「風の名前」の「夏の風」から。連れ合いが少年時代、暑さで家にゴロゴロしていると母親に次のように言われたという。
 「書写(しょしゃ)の摩尼殿(まにでん)行ってきな、極楽の余り風が吹いとんがな」。
 書写は姫路市の書写山にある天台宗の古刹。さらに上がると摩尼殿。そこでは一瞬の涼しい風が吹く。連れ合いとは作家の故車谷長吉氏(1945年7月1日~2015年5月17日)。高橋と車谷の世界は「余り風を吹いたのはどちら、吹かれたのはどちら」と問うてくる。

 高橋は車谷のことを「連れ合い」、「長吉」と書く。2人は1993年10月に結婚。高橋49歳、長吉48歳。車谷の没後、高橋が書いた回想記のタイトルは「夫・車谷長吉」。
回想記は車谷の署名のある絵手紙をもらったところから始まる。絵手紙は「ただならぬ気配の立ちこめる肉太の字で、余白がびっしり埋められていた」。返事を書けるような内容ではなかったが「この孤独な人は私の中にも孤独を認めたのだ、ということだけ分かった」。
 高橋は「花まいらせず」で現代詩女流賞、「時の雨」で読売文学賞、「海へ」で藤村記念歴程賞、三好達治賞などを受賞。上記「風の名前」のほかに「雨の名前」「恋の名前」「月の名前」などの著書がある。
 車谷は「鹽壺(しおつぼ)の匙(さじ)」で三島由紀夫賞、「赤目四十八瀧心中未遂」で直木三十五賞などを受章している。
 車谷は強迫神経症を患っていた。高橋は車谷について「『このごろ人を殺したくてしようがない。母親とあなただけは殺さないが、いつ逆になるかもしれない』と物騒なことを言ったことがあった」と書いている。「作品に昇華させることができずに生煮えだと恐ろしい。私は聞こえないふりをしていた」。ここに絡み合った2人の生き方が詰め込まれている。
 ネット情報によると「極楽の余り風」は、落語の『夏の医者』に出て来る。昔は「ええことば」がいくつもあったけど、あまり聞かなくなったと嘆くくだりだそうだ。その「ええことば」の1つが「極楽の余り風」か。
 2015年5月17日、車谷の死は生イカを丸呑みした「誤嚥性窒息死」だった。
 「車谷長吉句集」から、勝手に一句。

 貧乏を腹にこらえて雑煮かな


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