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2018年4月号

英国在住者から見た、森友文書問題

在英ジャーナリスト 小林 恭子

 森友学園に対する国有地売却についての政府文書は、一体どのような背景で「改ざん」あるいは「書き換え」られたのか。先月初旬から、いわゆる「森友文書問題」が国民の大きな関心事になっている。

  「確認した」は調査報道では常識

 普段は英国に住む筆者だが、先月は日本に一時帰国しており、朝日新聞が先陣を切った連日の報道を目の当たりにした。
 実のところ、今回の改ざん疑惑について筆者はいくつもの疑問を感じてきた。
 まず、朝日新聞が証拠文書を「確認した」とする表現を使ったことで、「確認しただけで、入手していないのではないか」、「入手していたなら、証拠を示すべき」などの意見が一部で出たことがあった。
 しかし、報道機関がスクープに値する文書などの証拠を得た時、これを「入手した」と言えばその文書を当局に渡さなければならなくなる。そこで、「確認した」、「見た」などの表現を使うことで、「文書を持っていない」とする形をとることは、少なくとも英国メディアによる調査報道では常識である。なぜ、日本ではことさら「確認した」という言葉にこだわるのだろうか、という疑問があった。
 また、「改ざん」なのか、「書き換え」なのか?各メディアによってどう表現するかが異なっていたため、問題を掴みにくい感じがあった。「改ざん」は「文書などの字句を直すこと。特に、悪用するために、勝手に直すこと」(「デジタル大辞典」)だ。「書き換え」(「書き改める」)には「悪用」というニュアンスはない。
 先月中旬頃まで、朝日、毎日、東京新聞は「改ざん」を見出しに使い、産経と日本経済新聞は「書き換え」を、読売は「削除」などの表現を使っていた(ニュースサイト「ハフィントンポスト」、3月13日付)。

  「改ざん」「書き換え」の違い

 スクープ報道で最大の効果をあげるために、朝日新聞は「書き換え」よりもインパクトが高い「改ざん」という言葉を使っていたのではないか?当初はそんな疑問を持った。
 しかし、3月12日に書き換え前後の文書画像が公表されると、単なる「書き換え」以上のことが発生したことが分かった。月末までに政府やメディアの表現が変わっていく。
 政府は国会答弁などで「書き換え」を使ってきたものの、3月26日、安倍首相が「『改ざん』との指摘を受けてもやむを得ない」と発言。27日付朝刊が出る頃には、朝日、毎日、日経、読売が「改ざん」、産経が「改竄」と表記し、NHKは27日、書き換えではなく改ざんという言葉を使うことを表明した。
 さて、どんな意図を持って、改ざんされたのか?改ざん行為が発生した当時の理財局長佐川宣寿氏が国会に召喚された(3月27日)が、同氏は刑事訴追の対象になっていることを理由にその経緯を明らかにしなかった。 真相は分かっていない。

  「私だったらどうする?」

 公文書の改ざんはあってはならないことだが、実際に修正作業をした担当者(一人、あるいは複数かもしれない)は、罪の意識があってそうしたのか、それとも絶対にバレないという見込みで、内部処理のつもりでそうしたのか。
 自分だったら、このような命令に従っただろうか?または上司であったら、改ざん行為を部下に命令しただろうか?今回の事件で、もっとも気になった問いである。
 もしこんなことが英国で起きたら、どんな展開になるか?
 おそらく、攻撃的な取材手法を果敢に駆使するメディアが潜伏取材や内部告発者からの通報などで改ざんの実態を暴露する。今回、朝日新聞のスクープになったが、そのような動きが英国でも発生するだろう。朝日がそして毎日が報道の先陣を切っていなければ、改ざん行為は表に出なかった。
 今回のような改ざんが英国で発生したことがあるかどうかだが、筆者は聞いたことがない。あったとしても巧妙に隠されているのかもしれない。

  「公文書は国民みんなのもの」

 筆者は過去数カ月にわたり、英国の国立公文書館で歴史的文書の原本を閲覧しながら、世界の様々な出来事の背景を調べる作業を行ってきた。その内容を3月に刊行された「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)としてまとめたが、「こんなものまで残しているのか」と驚く事が多かった。例えば、首相が閣議の最中に書いた落書きが残されていた。また、閲覧までの過程が平易で、文書を探し出すための「ディスカバリー」という検索機能も非常に使いやすかった。公文書=国民みんなのものという意識が根付いていた。
 本の中では、1930年代、ケンブリッジ大学にいたソ連のスパイの5人組、いわゆる「ケンブリッジ・スパイ」を取り上げた。5人についてのファイルを英国公文書館は数多く抱えている。そのうちの何人かはMI5やMI6のスパイであると同時にソ連のスパイだった。
 二重スパイを抱えていたことを知らずにいたことは、政府にとって、そして国全体にとっても恥である。政治家や官僚はこれをあえて公表したくはない。しかし、新聞がその事実をすっぱ抜き、多くの人が知るところとなった。
 ケンブリッジ・ファイブの中で「第4の男」と言われたアントニー・ブラントが二重スパイであった事が公にされたのは、1970年代後半だ。しかし、政府や官僚の一部はブラントの自白により、1964年からこの事実を知っていた。他の二重スパイについての情報を政府に提供するという条件で、ブラントには免責特権が与えられていたのである。
 メディア報道によってブラントの件が公になると、時の政府や官僚の最大の関心事は「一体、誰がブラントに免責特権を与えたのか?」になった。「自分は知らなかった」と主張する政治家の様子が当時の公文書に出てくる。政治家の責任逃れの見苦しい行動を官僚の手による記録でたどる事ができる。

  情報の重みを知る英国

 このような記録は、なぜ書き換えられたり、抹消されなかったのか?
 筆者が考えるところによれば、その1つの理由として、「歴史の記録として公文書を残す」という意識が伝統となって続いているからではないかと思う。
 記録には情報が入っている。例え政府の無様さをさらけ出すものであっても、それは一つの情報であり、歴史の一コマでもある。
 情報はあればあるほど、自国の強みとして使える。 蓄積された情報を使って他国の一歩先を行ける。このことを英国の政府・官僚は知っているのだと思う。
 情報を持っているかいないかで、時には国家の運命が決まってしまう。だから、情報を隠すよりもさらけ出す事で、過去のある時点であることがどのように展開していたのかを分析できるようにしている(だからと言って、全てさらけ出しているわけではなく、もちろん、多くの機密書類もある)。

  スパイ事件で英外交官の訪問

 情報の文脈を牛耳ろうとする英国のしたたかさを感じたのは、ある新聞社に勤務する知人がこんなことを話してくれた時だ。
 先月、英国では元ロシア人スパイが毒物によって攻撃を受けた事件が発生した。英政府はロシア政府の関与を示唆し、英国とロシアはメディアを通じて互いの非難合戦を行った。
 英国とロシアの対立が深まる中、知人によると英外交官らが新聞社を訪れたという。外交官らは知人に対し、スパイ事件をめぐる英国の主張にいかに正当性があるかを説明した。
 筆者はこの話を英国側にとっての「真実」の報道を新聞社側に求めたものとして受け止めた。知人は、こうした活動がこの特定の新聞だけではなく、他の新聞社に対しても行われているのではないかという。
 今後、改ざん理由やその背景についての調査が進む見込みだが、最近のメディア報道を見ていると、国有地売却交渉が正当なものであったのかどうかという問題が置き去りにされるのではないかと懸念する。日本のメディアや野党が文書改ざんの真相を追求しているうちに、国有地売却問題の解明が何処かに行ってしまうことがないよう、願っている。

<参考サイト>
森友文書は「改ざん」、それとも「書き換え」?
https://www.huffingtonpost.jp/2018/03/13/moritomo-academy-document_a_23383962/
(ハフィントンポスト・ジャパン、3月13日付)。

安倍首相 「改ざんでもやむを得ない」文書書き換えで答弁
(毎日新聞、3月26日)
https://mainichi.jp/articles/20180327/k00/00m/010/045000c
NHK「今後は『改ざん』と表現します」
(J-Castニュース、3月27日付)
https://www.j-cast.com/2018/03/27324618.html?p=all

小林 恭子

在英ジャーナリスト

1981年、成城大学文芸学部芸術学科卒業(映画専攻)。
外資系金融機関勤務後、「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)記者・編集者を経て、2002年に渡英。
英国や欧州のメディア事情や政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。
「新聞研究」(日本新聞協会)、「GALAC」(放送批評懇談会)、「メディア展望』(新聞通信調査会)などにメディア評を連載。
著書に『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『チャーチルファクター』(共訳、プレジデント社)、『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)

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