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連載 あなたの地方自治
最終回 本当の豊かさは自治から生まれる

中央学院大学教授  福嶋 浩彦

●自治体の現場は国をも動かす

 現在、東京など大都市を中心に新型コロナ感染が深刻化している。その中で東京・世田谷区は、介護事業所、障がい者施設、保育園・幼稚園などを対象に、無症状でも「社会的検査」として約3万9千人を定期的にPCR検査する体制を整えた。
 検査は公募して選んだ民間事業者が実施し、人的不足でパンク状態の保健所にこれ以上の負荷をかけないようにしている。
 最初はPCR検査拡大に消極的だった国も、早期の感染発見と感染拡大の防止のためには世田谷区のような検査が必要であることを認め、協力する姿勢に変わった。
 自治体は、本気になれば様々なことが出来る。そして実際に現場を持っているから強い。市民の利益やニーズを踏まえた具体的実践が、国をも動かすことになる。

●国との関係は上下でなく水平

 2000年に施行された「地方分権一括法」で、国から自治体への「通達」は廃止された。通達は、上位機関が下位機関へ指示するものだ。国と自治体は、そういう上下関係ではなくなった。
 それ以降、国が出すのは「通知」だ。これは国からの助言や要望であって強制力は無い。この改正を市民のために活かせるかどうか、自治体自身にかかっている。
 私が市長を務めていた我孫子市は、地方分権一括法とまさに同時に始まる介護保険で、当時の厚生省と対立することになった。

●我孫子市と厚生省の対立

 我孫子市で利用申請者の要介護度の判定を進めていると、一次判定に使う厚生省のコンピューターソフトに問題があることが分かった。要介護度によって介護サービス(訪問介護、通所介護、施設入所等)をどの程度使えるか決まるが、厚生省のソフトでは、どんなに認知症が進んでいても身体が元気であれば、5段階の内、一番低い要介護度1にしかならない。
 しかし、身体は元気でも認知症が進み、夜一人で外出してしまうような方には24時間の見守りが必要で、一番大変だ。そこで、医師などの専門家による我孫子市の要介護認定審査会は、認知症が進んでいる場合、コンピューター判定が1であっても3が出たことにして審査会の二次審査を始めるという「独自指針」を作った。

●自治体は国より市民を見る

 新聞がこれを大々的に報道すると、厚生省は「独自指針はコンピューターソフトを否定するもので、使ってはならない」と言ってきた。私はすぐ記者クラブへ「厚生省のソフトに欠陥があり、独自指針は必要」というコメントを出した。
 これに対し厚生省は、全国の都道府県へ文書を出し、我孫子市のやり方は不適切なので他の市区町村が真似をしないよう、指導を要請した。
 我孫子市でも大騒ぎになったが、私は断固として主張を貫くことにした。結局最後は、私が多くのテレビカメラと一緒に厚生省に行って直接協議し、我孫子市の主張が通った。厚生省は「独自指針」を認める通知を出し直した(3年後には厚生省のコンピューターソフト自体が見直された)。
 そもそも介護保険は自治体の事業で、市民のためにある。もちろん介護保険法に基づき実施するが、コンピューターソフトの扱いは法令に出てこない。どうすれば市民の利益になるかは、自治体の腕の見せどころだ。厚生省に独自指針を止めろと言う権限はない。

●核心は自立の精神

 実はいちばん問題だったのは、我孫子市自身が、国から言われたら従うのが当たり前、という前提を頭の中に持っていたことだ。だから必要以上に混乱した。
 私は市の要介護認定審査会に出席し、「我孫子市の介護保険の責任者は、厚生大臣でも厚生省の老健局長でもなく我孫子市長だ。私は市長として皆さんの作った独自指針は正しいと判断している。市長が全責任を負うので安心して独自指針を使って十分な審査をしてほしい」と訴えた。
 地方自治の核心は、自分たちのことは自分たちの責任で決めるという自立の精神だ。これが無ければ何も始まらない。そして本当に豊かな社会は、地域、自治体から積み上げていくほかはない。本物の地方自治を築いていきたい。

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