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目白御殿で田中角栄さんから怒られた!?~全国ラーメン党奮戦記 5/6

  松尾 英里子 / 白鳥 美子

落語家は、楽屋で出前を頼むことが多い。たいていはカレーライスかラーメンだ。また、地方巡業では、その土地でおいしいラーメン店を見つけようと食べ歩いた。次第に、ラーメン情報が蓄積されていく。文章を書くのも大好きな木久蔵さん(=当時)はその情報をもとに「ラーメン新聞」をつくり、楽屋に配り始めた。
あるとき、読売新聞の記者がそれを面白がって、記事になった。それが今度はかんき出版の編集者の目に止まり、『なるほど・ザ・ラーメン』という本になった。最後の2ページに「ラーメン党結成!会長・林家木久蔵、副会長・横山やすし」と書いたところ、全国から入党希望者の手紙が殺到し、ついには「全国ラーメン党大会」を開くに至った。
騒ぎはそれだけでは終わらない。「ラーメン党という名前を借りて店を出したい」「店が流行らないから、名前を使わせて欲しい」という要望から始まり、ついには「スープもつくってほしい」「麵もお願いしたい」となって、それらを使って「木久蔵ラーメン」チェーンを展開する運びになっていった。
「海外にも出そうという話になって、麺類と言えば中国だろうって思ったんですよ」
とはいえ、中国との交渉窓口がわからない。そこで、木久蔵さんは、「日中国交正常化を果たした田中角栄元総理に頼るしかない」と考えた。
とにかく事務所に電話をしてみようと、まずは電話番号を調べに国会図書館にまで出かけたという。見事、3か所の事務所の電話番号を手に入れて、「目白御殿」と呼ばれるご自宅に電話を掛け、息子が笑点のファンだという早坂茂三秘書の取り計らいにより、「5分」の面会時間を獲得した。
朝9時、廊下ではたくさんの人が面会を待っている。ようやく自分の番になり、早口でまくし立てた。
「中国残留孤児がお世話になった中国の皆さんに安くておいしいラーメンを食べさせたい。ラーメン党の会長をやっております。中国の窓口が分かりません。日中国交正常化を果たされた田中先生はお顔が広いでしょうからご紹介ください!」
じっと聞いていた角栄氏だったが、聞き終わるなり怒り出した。
「なんで私がラーメン屋の開店の手伝いをしなきゃいけないんですか!あの頃は、私は総理大臣、中日国交正常化のために、お国のために行ったんだ。ラーメンのためじゃないの!帰れ!」
もうすでに約束の5分は過ぎている。どうしよう……。


角栄氏の怒りの隙間、ほんの短い沈黙の瞬間を見つけて、木久蔵さんはこう斬り込んだ。
「ラーメン党には会員が一万人おります。全員で先生を応援させていただきます」
その途端、田名角栄氏の表情が変わった。
「そういうことは、早く言いなさいよ!物事は数字でしょ!私の応援をしてくれますか」
「はい!」
すっかり上機嫌になった角栄氏は、窓口を紹介してくれただけでなく、自ら誘って記念撮影にも収まってくれたという。
ただし、中国進出は、結局果たせなかった。物価のあまりの違いに、希望された販売価格では小麦粉の原価にも及ばない。「それなら、中国で小麦を育てるところから始めたらどうか」という気の長すぎる提案をもらって困っていた時に天安門事件が起こり、すべての話は流れた。
「正直、ホッとしました」


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