ゲスト様

2020年7月号

連載 あなたの地方自治
第六回 自分ごと化会議 in 松江 の挑戦

中央学院大学教授 福嶋 浩彦

●全国初の市民主催

 「自分ごと化会議 in 松江~原発を自分ごと化する~」が2018年11月から2019年2月まで、4回にわたり島根県松江市で開かれた(現在はPart2を準備中)。
 前回少し触れたが、無作為抽出された住民による「自分ごと化会議」はシンクタンク構想日本がサポートし、全国71自治体で行われてきた(参加者は約1万人)。行政が主催する場合、住民基本台帳からコンピューターで抽出している。
 松江市では、全国で初めて市民の実行委員会が主催した。市選挙管理委員会が公開する約17万人の有権者名簿を75人飛びに手作業で写し(コピーや撮影は禁止)、2,217人を抽出した。島根大学の学生ボランティアが力を発揮してくれた。

●一番多かった30代女性の参加者

 松江市には島根原子力発電所がある。日本で唯一、県庁所在地にある原発だが、東日本大震災以降は止まっている。稼働か廃炉かをめぐり、これまで原発推進の人も脱原発の人も、それぞれ仲間たちだけで集まり、自分たちの主張を繰り返してきた。一方、普通の市民は、「原発」に触れるのを避けてきた。
 「自分ごと化会議」では、無作為抽出された普通の市民の中から手を上げた21人プラス島根大生5人が、計4回延べ20時間にわたり話し合った。
 無作為抽出なので参加者は各世代にわたるが30代女性が一番多く、赤ちゃんを連れたお母さんも参加してくれた。

●性急な結論は求めない

 最初に、原子力リスクマネージメントの専門家の谷口武俊東京大学教授が基調講演、続いて中国電力、「さよなら島根原発市民ネットワーク」など原発賛成2人・反対2人が問題提起。それを聴いて市民が話し合った。
 毎回50~80人の傍聴者もあったが、会場全体が真剣かつ和やかな雰囲気に包まれていた。
 4回で「稼働」か「廃炉」かの結論まで出すことを目的にせず、市民が原発を考えていく上で必要な条件や環境整備について9項目の提案をまとめた。https://ameblo.jp/jibungotokakaigi/entry-12447220304.html(提案はここからアクセスできます。)
 提案書は中国電力、松江市長、島根県知事、経済産業大臣へ直接手渡すことができた。

●市民によるシナリオ無しの議論

 市民の議論は、「原発推進と脱原発のどちらが正しいか」ではなかった。エネルギーや原発との関係で、「私はどんな社会で暮らしたいか」という議論をした。
 「どちらが正しいか」なら、専門家の議論ほうがレベルが高いかもしれない。しかし「どんな社会で暮らしたいか」の議論は市民にしかできない。
 2回目の会議では、自営業の参加者から「原発が止まって地域経済が縮小している。何らかの手を打たねば」と提起があった。一方、女性の参加者からは「江戸時代、松江の最大の産業は、行燈の燃料になるクジラの油の採取だったが、電気の普及で会社は倒産した。しかし今、それで失業している人はいない。長い時間軸で考えては―」という意見が出た。そこで第3回は「50年後の松江を想像して議論しよう」ということになり、人口推計などの資料も準備した。
 用意されたシナリオ全く無しで、生き生きとした話し合いが行われた。

●柔らかな決定が安全な社会をつくる

 一般に、市民を賛成、反対、無関心の3つに分けがちだ。しかし実際には、賛成反対の決まった立場は持たなくても、出来るだけ正確な情報を得て自分なりに考えたいという人が沢山いる。それを示したのが今回の自分ごと化会議だ。この人たちこそ大切だと思うが、日頃は賛成反対の対立構造の中で、はじかれてしまっている。
 やがて松江市として島根原発への結論を出すことになる。稼働を認めるにしても認めないにしても、様々な市民と行政・電力会社が信頼関係を作り、話し合った結果であることが重要ではないか。
 後になりその結論に問題があると分かった場合、信頼関係の下で話し合った結論なら、より良く修正するため、また皆で知恵を出せる。しかし、闘いで相手を打ち負かした結果の結論なら、勝者は問題点を認めると今度は敗者になる。何としても結論を守ろうとするだろう。
 信頼関係に基づいた見直し可能な柔らかい社会的決定こそ、原発に限らずリスクを減らした「安全な社会」を実現するはずだ。それができるのは、まず、地方自治の現場からだと考える。

福嶋 浩彦

中央学院大学教授

中央学院大学教授・ 元我孫子市長・ 元消費者庁長官。鳥取県生まれ、63歳。
1995年、38歳で千葉県我孫子市長に。3期12年務め、その間、市民自治を理念とした自治体改革を推進し、全ての市補助金の市民審査、常設型住民投票条例の制定、市民債による自然環境保全、提案型公共サービス民営化などを実現した。全国青年市長会会長。福祉自治体ユニット代表幹事。
市長退任後は中央¬学院大学教授。2010年から消費者庁長官。東日本大震災の原発事故のもと、自治体と連携し食品の安全確保に取り組む。2年間の任期を終え大学に復帰。著書に、『最先端の自治がまちを変える』(朝陽会)、『市¬民自治』(ディスカヴァー携書)、『公会計改革』(共著・日経新聞社)、『市民自治の可能性』(ぎょうせい)など。

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