毎日新聞のツッパリ精神
塾長  君和田 正夫
「なぜ首相と会食?」刺激的な読者の質問
メディアがもっと政治に厳しくならなければいけない、と思っているとき、今年(2020年)1月24日の朝日新聞朝刊(オピーニオン欄)に載っていた読者の投書は刺激的でした。「首相と会食 どんな感触得た?」という二段見出しで、兵庫県の76歳の女性が、メディアと首相の会食に疑問を投げかけました。
「安倍首相とメディア関係の方々が10日(1月)に会食したと『首相動静』に載っていた。メディアは権力者を監視するために不即不離の姿勢で臨み、客観的な目を持つことが必要だ。特定のメンバーだけが定期的に首相と会食するのは、記者の基本的な姿勢に対して読者に疑問を抱かせる。私はダメだと思う」。
これだけでも十分刺激的ですが、投書はさらに突っ込みます。
「なぜ、首相との会食が必要なのか。そして、どんな話をしたのか。読者として知りたい。『日曜に想う』でぜひ書いてほしい。曽我編集委員、期待しています」。
(「首相動静」は首相の一日を追う欄。新聞社によって欄の名前が異なります。「日曜に想う」は朝日新聞の定期コラムです)。
「苦しい答え」を承知で、朝日はなぜ載せたか
記者の名前を挙げて、欄まで指定して回答を求められてしまったのです。答えないわけにいかないだろうと思っていたら、朝日新聞は2月14日の朝刊「メディアタイムズ」という欄で答えました。名指しされた曽我豪編集委員は「独善に陥らず適正な批判をするには直接取材が不可欠だ。権力者が何を考えているのか記事ににじませようと考えている」。「にじませる」とは、ずいぶん苦労した答えです。
取材先との距離感はメディアにとっていつの時代も悩ましい問題です。私が若いころ、先輩から「特オチ防止策だよ」と言われたことがあります。各社が横並びで参加しているときに、一社だけ出席しないと、大事なニュースを落とす(特オチ)恐れがある。それを防ぐという意味です。苦しい言い訳ですが、事情は昔も今も変わっていません。 私が驚いたのはこの投書を今、載せたことです。首相との会食、懇談は頻繁に行われています。1月10日だけではありません。しかも、読者の問いに対して、懇談、会食に前向きな意味合いを見出して答えることは不可能に思えるからです。苦しい答えをせざるを得なくなることは、曽我編集委員の答えを読めば明らかです。それを承知で朝日新聞は投書を掲載したのです。理由は何でしょう。何のためでしょう。
政治との距離感について「ひどすぎるのではないか」という政治部報道への批判が新聞社内でも抑えきれなくなった、と私は理解しました。「メディアタイムズ」の記事は「安倍首相と報道関係者が会食することへの批判が高まっている」と書き始めています。読者からの批判も当然増えているでしょう。食事会、懇談会に限らず、日常の記者会見を含めて政治とメディアは、いま密着、癒着(ゆちゃく)を踏み超えて、一体化、融合に近づいている、と私には見えてなりません。投書掲載はそこから抜け出そうという、新聞社の思い切った意思表示かもしれません。ぜひそうあってほしい、と願わずにいられません。
毎日は「桜」追及の局面なので「出席せず」
毎日新聞1月4日に掲載された「開かれた新聞委員会2020」(19年12月14日開催)の記録は、政治との距離を取ろうという動きが明快に示されています。委員会では「桜を見る会」をめぐる議論の中で、委員の萩上チキ氏(評論家・ラジオパーソナリティー)が質問して毎日新聞の政治部長が答えています。次が一問一答です。
萩上 「毎日新聞が11月20日夜に中国料理店で行われた安倍首相らと内閣記者会加盟の報道各社キャップとの懇談会を欠席したことが話題になっている。欠席した理由を聞きたい」
(注・この会合は朝日の投書が指摘した会合とは別の日の会合です)
高塚政治部長 「懇談会の開催は2日前に連絡がありました。懇談会はオフレコが条件です。懇談会での説明で少しでもメディアの追及が弱まればとの狙いがあったと思いますが、我々は説明を求めている立場なので出席することはできないと判断しました」
「桜」を追及しているときに懇談会には出られない、というツッパリは久しぶりに「ジャーナリズム」という言葉を思い出させてくれました。「メディアの追及が弱まればとの狙いがあったと思う」という答えも、曖昧になっている(あるいは曖昧にしようとしている)取材する側とされる側の役割を、もう一度確認しようという姿勢が読み取れます。
「一体化」の極みは読売新聞
ただ、1月10日の首相動静を見ると、毎日新聞も参加しています。取材現場のキャップはダメだけれど、ベテラン記者である特別編集委員ならいい、ということでしょうか。この日の出席者は曽我豪朝日新聞編集委員、山田孝男毎日新聞政治部特別編集委員、小田尚読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員、島田敏男NHK名古屋放送局長、粕谷賢之日本テレビ報道局解説委員長、石川一郎テレビ東京ホールディングス専務、政治ジャーナリストの田崎史郎氏。
「取材する側とされる側の一体化、融合」というきつい言葉を使いましたが、この出席者を見れば、それが大げさではないことがすぐわかります。「読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員」という長い肩書を持つ小田尚氏の存在です。以前、「塾長室」で書きましたが、彼はかつて公益社団法人日本記者クラブの理事長でした。しかし、2018年、任期を1年以上残して退任し、国家公安委員会委員に就任したのです。警察法に基ずく国家公安委員であり、読売新聞の客員研究員でもあり、そして首相とメディアとの懇談会にも参加するメンバーなのです。これこそ一体化といっていいでしょう。
渡辺愃雄氏7年で17回、朝日は6年でゼロ回
毎日新聞の電子版(2月20日)は安倍首相の食事会、懇談会について首相の一日を追う「首相日々」欄を使って、どこで誰と会ったかを分析しています。2012年12月26日から20年2月10日までの2603日間のデータです。メディアでは、渡辺恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役兼主筆の17回が目立っています。一方、朝日新聞「メディアタイムズ」によると、新聞、テレビの経営幹部と首相との会食は月に1~2回程度開かれているようですが、朝日新聞の経営・編集の幹部は2014年以降、会食をしてない、とのことです。朝日、読売で、対応が極端に分かれています。
ついでですが、毎日新聞によると、経済人ではJR東海・葛西敬之(よしゆき)名誉会長が28回も登場してトップ。芸能人脈では俳優の故津川雅彦氏が13回、中井貴一氏が8回。 学校法人加計(かけ)学園・加計孝太郎理事長(9回)といった名前もあります。
首相とメディア、政治とメディアの関係には、いつの時代も緊張感が求められるはずです。どうしたらいいのか、私も十分わかっているわけではありませんが、別の機会に書くつもりです。
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