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「コロナに打ち勝つ」のは東京か北京か

塾長  君和田 正夫

 日本は国際五輪委員会(IOC)の植民地にでもなったのだろうか、と思わせる発言がIOC首脳陣から連発されています。五輪開催の賛否に関係なく、日本政府の弱腰に批判が起きています。
 5月21日、東京五輪の準備状況を監督するジョン・コーツ調整委員長はコロナの緊急事態宣言が出ているか、いないかに関わらず、五輪を開催すると明言しました。「WHO(世界保健機関)のアドバイスも受け、われわれが示している対策を実行すれば、安全安心な開催はできると言われている。緊急事態宣言下であってもなくてもだ」。
 この直後、トーマス・バッハ会長の「東京大会実現のために、いくつかの犠牲を払わないといけない」という発言も波紋を呼びました。
 そして同27日発売の週刊文春。IOCで43年間も理事を務めているディック・バウンド元副会長は、文春のインタビューに応じて「仮に菅首相が『中止』を求めたとしても、それはあくまで個人的な意見に過ぎない。大会は開催される」と、首相の権限を否定してみせました。

  五輪トライアングルの中の日本

 米国からは日本への渡航中止勧告が飛んできました。米疾病対策センター(CDC)はあらゆる渡航を止めるべきだ、と警告し、警戒レベルを最も厳しい「レベル4」に引き上げました。
 IOCのとんでも発言に続く米国の勧告。日本を挟んだ“五輪トライアングル”の中で何が起きているのでしょう。
 まず、いくつか疑問点を挙げます。日本国民の安全を守るのは誰か、ということです。最終的に安全だと判断するのは一体誰なのか、ということです。
 まさかIOCではないでしょう。WHOのアドバイスを得たとすれば、どのようなアドバイスでしょうか。WHOが国際的スポーツイベントの「安全」のための秘策を持っているとは考えられません。

  IOCの金満体質があらわになる?

 ただ、IOCもWHOも五輪にコロナ騒ぎを持ち込んでほしくない、と願っているようです。これから半年の間に「東京」「北京」と立て続けに二つの五輪が行われます。さらに2024年はパリ五輪です。この辺で五輪とコロナの関係を断ち切っておきたい。そうしないとIOCもWHOも2年に一回、混乱のタネを抱え込む恐れがある。IOCの頭の中の大混乱ぶりを想像してみましょう。

  • 戦争以外の理由で中止を増やしたくない(過去5回の中止はすべて戦争が原因。日本は1940年の東京、札幌)。
  • コロナ禍を理由にした中止に対して法廷で損害賠償を争いたくない。国際世論やスポンサーなどがどう反応するか読めない。
  • 中止はIOCの財務体質、貴族体質を露にする可能性がある。五輪は毎回、予算を超過の金満体質。東京も当初7000億円だったのが、今は3兆円とも言われる。
  • 結局、混乱するほど開催に名乗りを上げる都市が減る恐れがある。

 IOC幹部の露骨な発言からは、こうした背景が見えてきます。ではそれに抗議もせずに沈黙する日本の政治家は一体何なのでしょう。五輪開催に政権維持を賭けてしまった菅政権。その足元をIOCに見すかされてしまった、ということでしょう。

  北京大会をにらむ米国

 米国の立場は複雑です。バイデン大統領は「科学に基づいて判断すべきだ」(2月7日)という基本姿勢を表明して以降、目立った発言をしていません。「科学に基づく」とはコロナ次第、と読めます。そうすると渡航を制限される「ランク4」の東京大会は「失格」ということになります。コロナ封じ込めに成功したように見える北京の冬の大会は「合格」です。
 半年前の2020年10月26日、菅首相は就任演説をしました。
 「来年の夏、人類がウイルスに打ち勝った証しとして、東京五輪・パラリンピック競技大会を開催する決意です」。
 4月16日に行われたバイデン米大統領との首脳会談では五輪開催は「世界の団結の象徴」とまで言い切りました。
 「ウィルスに打ち勝った証」そして「世界の団結の象徴」は東京五輪のスローガンです。成功すれば菅政権の「大勲章」にもなるでしょう。しかし中止になった途端、二つの勲章は菅首相の手からこぼれ落ちてしまうのです。
 こぼれた「勲章」は「聖火リレー」のように北京五輪へと引き継がれていきます。米国の本心は二つの勲章を中国に渡したくない、ということでしょう。「コロナの元凶」がコロナに勝利宣言するのですから。
 その事態を避ける無難な方法は東京に花を持たせること、つまり東京五輪の開催です。だから「渡航中止勧告」を出しながら、一方では米国五輪・パラリンピック委員会に「安全に参加できると確信している」という声明を出させた、と考えられます。

  「シラケた大会」にしてはいけない

 一方、中国はなにがなんでも北京五輪を成功させなければなりません。そのためには東京五輪の開催が前提になります。東京五輪を早くから支持しているのは、そのためです。もし東京が中止になったら、米国は迷わず北京五輪の中止・ボイコットに走るでしょう。バイデン大統領は新型コロナ発生源の再調査を情報機関に指示した、と伝えられています。
 今のままだと米国が北京五輪に口を挟むことができるのは、ただ一つ、新疆ウイグル自治区の人権問題だけになります。その場合は中止というよりボイコットになるのかもしれません。「東京中止」の場合は「北京も中止」のシナリオが米国の頭の中に渦巻いているのでしょう。
 五輪までの2カ月、米国の動きが五輪の行方を大きく左右する可能性が強くなりました。
 「国家以上の存在」を自負するIOC、中国を意識する米国の五輪戦略、そしてコロナと五輪のはざまで揺れる日本政府。この国際的なトライアングルの中で、緊急事態宣言は6月20日まで延長されました。菅政権は宣言後の展望を示せるのでしょうか。どこの国の五輪かわからない「シラケた大会」にしないでほしいと願うばかりです。

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