「聖なる」大会の「俗なる」人々
塾長  君和田 正夫
「五輪は別格だ」という別格路線に「安全標識」は立っておりません。抜け道表示ばかりが目立っています。競技会場でアルコールを販売するという、あっと驚く案に代表される抜け道です。スポンサーの中にアサヒビールがいるからという、これもびっくり仰天の裏事情です。
「みずみずしい若さが支配」
1964年の東京五輪は日本人に深い感動を与えました。菅首相も国会答弁で感動ぶりを語りました。聖火台に火がともる開会式の瞬間を作家の三島由紀夫は次のように書いています。「開会式の頂点は、やはり聖火の入場と点火だったといえるだろう。(略)坂井(義則)君は聖火を高くかかげて、完全なフォームで走った。ここには、日本の青春の簡素なさわやかさが結晶し、彼の肢体には、権力のほてい腹や、金権のはげ頭が、どんなに逆立ちしても及ばぬところの、みずみずしい若さによる日本支配の威が見られた。この数分間だけでも、全日本は青春によって代表されたのだった。そしてそれは数分間がいいところであり、三十分もつづけば、すでにその支配は汚れる」(「文学者の見た世紀の祭典 東京オリンピック」から)
差別用語が含まれている文章ですが、三島の言いたいことは権力、金権の醜さと青春のさわやかさなので、そのまま使わせてもらいます。
まさに今回の五輪騒ぎは、三島が恐れる「五輪貴族」「関係者」と呼ばれる権力・金権階級による「汚れた」ドラマに堕そうとしているのです。
ウイルスは「権力」を嗅ぎ分ける?
7月23日の開会式は観客1万人と思っていたら、大会組織委員会の武藤敏郎事務総長はスポンサーや競技団体関係者は観客ではないので、別枠だという。官僚は頭がいい。安倍政権時代に使われた「ご飯論法」とそっくりです。コロナウイルスは観客と関係者を嗅ぎ分ける、とでもいうのでしょうか。丸川珠代五輪相の「ステークホルダー」発言も顰蹙(ひんしゅく)をかいました。さすがに競技会場での酒販売は中止になりました。アサヒビールが中止を求めた、と報道されています。公園の木まで切ったパブリックビューイングも多くの自治体で中止が決まりました。さらに水際作戦で「濃厚接触者」の特定は、選手団を受け入れる自治体がすることになっていたのを、空港で行うと急転換しました。いずれもコロナよりも世論の反発の方が怖かった、ということでしょう。
役員室のバス、トイレを壊した土光さん
世の中の常識とのずれが、政界、官界だけでなく日本中に広がっているように思えます。東芝の経営陣が経済産業省と結託して大株主に圧力をかけた話は大スキャンダルです。東芝の歴史を調べ始めたらすぐ土光敏夫さんの話に行き当たりました。前回東京五輪の翌年、1965年に東芝の社長になった土光さんが最初にしたことは、なんと8階役員室の専用バス、トイレ、キッチンを壊すこと。「神聖な仕事の場、6万人の社員を預かる責任者のためのホテルではない」。その通りです。二回の五輪の間に半世紀があります。その間に日本は堕落してしまったようです。今、このような人は政・財・官どこにもいない、と言っていいでしょう。日本の大危機をコロナと五輪は浮き彫りにしています。
6月13日、英南西部コーンウォールで開催された主要7カ国首脳会議(G7サミット)の首脳宣言では東京五輪・パラリンピックについて「新型コロナに打ち勝つ世界の団結の象徴として、安全・安心な形で開催することを改めて支持」すると盛り込まれました。「安全・安心」に反対する人はいないということでしょう。
来年22年、北京で冬季五輪が開かれます。24年の夏はパリ、26年はイタリアで冬の大会。28年が夏のロサンゼルスです。五輪だけでも2年おきに待ち構えています。日本だけの事情を見ると、2025年に大阪万博が入ってきます。
さわやかさが消えてしまった東京五輪。また半世紀後のいつの日か日本で五輪・パラリンピックが開かれるとき、脂ぎった欲望が消えた、つましい高齢者の祭典になっているのでしょうか。
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