「何が故国ぞ!なにが日本ぞ!」
 独立メディア塾 編集部
(「人見絹枝 炎のスプリンター」から)
1928年のアムステルダム大会の陸上100mで金メダルの有力候補といわれていた。それにもかかわらず、決勝進出を逃してしまった。日本中の期待を背負った人見は、このまま日本に帰るわけにいかなくなってしまった。やむを得ず不慣れな800mに出場、死ぬ思いで2着になった。皮肉にもこれが日本人女性初のオリンピックメダリスト(銀メダル)だった。
1926年8月、第2回女子オリンピック大会(注)に人見は日本人としてただ一人出場した。走幅跳、立ち幅跳びで優勝。100ヤード走で3位になるなど走る、投げる、飛ぶの各種目で活躍し、人見の名前は世界に知れわたった。
(注)この大会は1896年に第1回オリンピックがクーベルタン男爵の創意で開かれたが、クーベルタンの女性差別の考えで女性の参加は認められなかった。これに反発したのがフランス人のアリス・ミリアで、1921年、国際女子スポーツ連盟を組織し、翌1922年に第1回、1926年に第2回の女子大会を主催した。大会は8月20日の1日だけの大会だったが、米、英、仏を始め5カ国から女性アスリートが参加、11の陸上競技が行われ18人のアスリートが世界新記録を生んだ。(「クーベルタンの男子五輪に反発!“女子オリンピック”を創設したアリス・ミリアとは?」から)
それから4年後、1930年の第3回女子オリンピックの結果は、走り幅跳び優勝、60メートル3位、やり投げ3位、三種競技2位だった。人見自身は「立派にやり遂げた」と思っていたが、待ち受けていたのは「期待外れ」「故国は満足していない」という日本の新聞の非難だった。
「傷つけられた心は、元のようにならない。何が故国ぞ!なにが日本ぞ!」
人見は15歳から19歳の若手選手5人を引き連れたリーダー格だった。日本国内の冷たい反応を目にして、人見はこんなことを書いている。「同室の村岡さんは毎日故郷の父母を思い、友を思い、そして自分の渡欧中の成績を思い出しては夢に淋しくないている。あんなに盛大な見送りを受けて出てきているのだから、今、何の土産も持たずに帰ってゆく幼い妹の心中を察してやれば、姉の身の私も自然と涙を口の中でかみしめる外に術はなかった」
「日本の選手がどこに遠征しても、固くなって実力以上に働けないのは、あまり故郷の人々が勝負にこだわりすぎるからである。罪多き世の人よ!」
「世界のヒトミ」になった人見は女子高等師範学校に在学中、三段跳びで世界記録(未公認)を記録するなど注目を集め、海外遠征のための寄付集め、後輩の指導、講演旅行など、日本の陸上競技の発展に尽くしたが、1931年、女子オリンピックの翌年、24歳で病死。
「KINUEは走る」の著者小原敏彦氏は「忘れられた孤独のメダリスト」のタイトルを付けた。また雑誌「選択」(2021年6月号)の連載「をんな千夜一夜」第51話で石井妙子氏は、「故国に潰されたアスリート」のタイトルをつけ、「世界中の女性アスリートが、その早すぎる死を嘆いた。『ワンダフル人見』を―」と結んでいる。
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