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「ポスト五輪」は小説次第?

塾長  君和田 正夫

 経済の世界にも都市伝説があることを知りました。ある証券会社の資料によると、「渡辺淳一の小説が日本経済新聞に掲載されると、日経平均株価は上昇する」。えっ本当?
 1984年、「化身」の掲載期間中に16%上昇、1995~96年の「失楽園」は15%、2004~06年の「愛の流刑地」はなんと55%それぞれ上昇しました。それだけではありません。林真理子さんの「愉楽にて」(2017~18年)も18%です。
 解説がつきます。「渡辺さんに限らず、少し色っぽい小説が読まれる雰囲気のときは株価にプラスということですかね」。投資家の気分が華やいでいる、ということでしょうか。
 さあ、そこで関心はオリンピック・パラリンピックが済んだ後の景気です。コロナ禍はどうなっていくのでしょう。
 過去のオリンピックの後、開催国の景気はどうなった、株価はどうなった、という分析がしきりに行われています。
 菅首相が懐かしげに振り返った「1964年東京五輪」の場合、終了直後の昭和39年後半から昭和40年にかけて、「昭和40年不況」「証券不況」と呼ばれる経済危機が訪れました。「40年卒」の人たちには厳しい就職難が待ち構えていました。
 オリンピック前は、新幹線が走り、首都高などのインフラ整備や各競技施設の建築が進み、テレビは普及し、景気を押し上げる材料に事欠きませんでした。その意味ではこの不況は、オリンピックの“反動不況”ともいえるでしょう。

 好況に酔いしれた日本

 ところが翌年から日本は未曽有の好景気に突入しました。1965年(昭和40年)11月から1970年(昭和45年)7月までの57か月間、10%を超える高度経済成長(この言葉自体が懐かしい)が続いたのです。5年に及ぶ好況は「いざなぎ景気」と命名されました。「いざなぎ」とは日本神話で日本列島を作ったとされる神です。それ以前の好景気にも「神武景気」、「岩戸景気」と神話からの名前が付けられましたが、それをも乗り越える歴史的な好景気だった、ということでしょう。好景気に酔いしれた日本が思い出されます。
 「いざなぎ」の間に、日本経済は大飛躍しました。経済成長率は11.8%。期間中の1968年に日本の国民所得(GNP)は西ドイツを抜いて世界第2位になりました。そんな時代だったのです。
 過去の五輪を見ると、アテネ、北京、ロンドン、リオデジャネイロのように、開会前に上昇し、閉幕後は一服、というケースが多いようです。むしろオリンピックよりも世界的な変動要因の影響が大きかったといえます。
 代表的な変動要因を挙げてみます。1992年バルセロナ大会に合わせるようにヨーロッパ通貨危機が起き、2000年シドニー大会は米国のITバブル崩壊に襲われました。2008年北京大会後にはリーマンショックが起き、さらにギリシャの財務危機は欧州経済の混乱にまで広がりました。オリンピック開催国かどうかに関係なく、こうした出来事によって世界経済は動いてきました。

 コロナで浮き彫り、日本の弱さ

 「2020年東京五輪」はどうでしょう。「国際的出来事」はもちろんコロナ禍です。世界経済は停滞を余儀なくされました。その中で日本経済は構造的ひ弱さを露呈しました。とりわけ労働環境の悪化が浮き彫りにされたのです。
 コロナ前から日本の賃金の安さは目を覆うほどでした。21世紀に入ってほとんど上昇しなかったため、2020年版の経済協力開発機構(OECD)統計によると、日本の最低年収ランキングは14位(16,989.5ドル)まで落ち込みました。最低時給ランキングも14位(8.2ドル)、平均年収ランキングにいたっては22位(38,515ドル)。年収、時給ともOECD加盟のアジア各国のなかで最下位になってしまいました。
 将来の労働人口の減少を女性と非正規社員と外国人労働者で補おう、という政府の安直な対策は、安い賃金と不安定な雇用を生んでしまったのです。経営者が大歓迎だったことも悪化の歯止めを失わせました。コロナはその暗部を日の光の下にさらしたのです。
 日本経済新聞の連載小説は現在、安部龍太郎氏の「ふりさけ見れば」です。百人一首でおなじみの阿倍仲麻呂が主人公です。さて株価はどう動くのでしょう。「ふりさけ見れば」日本の政治・経済の無能さが見えてくるのでしょうか。日本が進むべき針路を見せてくれるのでしょうか。

(2021.08.31)

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