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トランプという「怪物」を作った男

元テレビ朝日モスクワ支局長 武隈 喜一

 ドナルド・トランプというニューヨークの不動産ディベロッパーが全米で知名度を得たのは、2004年1月にNBCで始まったリアリティショー”The Apprentice”(アプレンティス=見習い修行)に出演してからだった。番組参加者がさまざまな苦労を重ねながら「見習い」として働き、最後に採用か不採用かが決まる場面で、トランプが不採用者に浴びせる”You are fired!”という非情な決め台詞は流行語にもなった。

  落第経営者を“成功者”にしたショー番組

 『ニューヨーク・タイムズ』の調査報道で、トランプ大統領の不動産ディベロッパーとしての実績は、実は赤字続きの落第経営者であることが明らかになったが、「億万長者の成功者」というイメージを作り出したのはこの番組だった。

 番組出演の直前、2004年の1月にトランプが提出した納税還付報告では、2003年は8990万ドル(約94億円)の赤字だった。ところが、”The Apprentice”の成功とともに、トランプは会社の経営ではなく、番組が押し出した「トランプ」という自己イメージを売り出し利用することに自らの才能を発揮することになる。「俺は自分の脳みそとネゴシエーションのスキルを全開で使ったんだ。俺の会社は今までで一番デカく、強い」とトランプ社長は当時、インタビューに答えていたが、それもイメージ戦略上の発言に過ぎなかった。 トランプは”The Apprentice”によって出演料、ライセンス契約料を含めて16年間で1億9700万ドル(約206億円)を稼ぎ出し、番組出演で名を売った事業関連では2億3000万ドル(約241億円)の収入を得ている。 「成功した億万長」のイメージを決定づけたのは番組冒頭に、リムジンや自家用ヘリで飛び回るトランプの姿だ。
(”The Apprentice”のオープニングは以下)





 この番組のオープニングは、いまでも各地のトランプ集会の基本的コンセプトとなっていて、空港で行われる多くのトランプ集会では、ステージ後方に駐機する大統領専用機エアフォースワンをバックに演説が行われている。「リアリティショーの億万長者」が支持者の目の前にあらわれる仕掛けとなっているのだ。
(エアフォースワンをバックにした集会は以下)




  視聴率優先でCNN社長が起用

 この”The Apprentice”にトランプを出演させ、一躍全米の有名人に仕立て上げた人物こそ、現在のCNNの社長であり、WarnerMediaでニュース、スポーツ部門を統括するジェフ・ズッカーJeff Zuckerだ。

ジェフ・ズッカーCNN社長


 当時、NBC Entertainmentの社長だったズッカーは、トランプの起用が当たったことに気をよくして、トランプを出演させるもう一つ別のウィークリーショーを企画していたほどだ。2013年にズッカーはCNN Worldwideの社長に就任する。
 2015年にトランプが大統領選に出馬を表明した当初、ズッカーは「見世物にすぎない」と言っていたが、政界のアウトロー、トランプ候補が、”The Apprentice”のスタイルで有権者に訴えて人気を獲得し、次々と共和党の有力候補を破って躍進するのを見て、ズッカーはトランプに焦点を絞ることに決めた。
 予備選挙の始まった2016年3月1日の午後、CNNは、まだトランプ候補が登場しない無人のステージにカメラを向けたまま、“DONALD TRUMP EXPECTED TO SPEAK ANY MINUTE”(トランプ演説、もうまもなく)とテロップを出し続け、30分もひっぱった。この時、トランプの対抗馬だったマルコ・ルビオ上院議員の陣営は「CNNはリアリティショーをやってるんだ。ズッカーはそれが得意だからね」と皮肉っている。

空っぽのステージと“DONALD TRUMP EXPECTED TO SPEAK ANY MINUTE”


 しかし、ズッカーが「見世物」だと言っていたトランプ候補は、ニュースでも視聴率を稼いだ。CNNを含めたTV各局は共和党の他候補をよそに、視聴者受けするトランプの発言を伝えることに集中し、多くの時間を割いてトランプ集会を伝えた。

 ズッカーをよく知るNBC時代の副社長プレストン・ベックマンPreston Beckmanは、「彼にとっては視聴率がすべてだ。わたしだって視聴率がすべてだ。だがしかし、プライムタイムで視聴率がすべてであることと、ニュースで視聴率がすべてであることは別の話だ」と語り、また別の元同僚も「ジェフは自分が会った中では最も決然とした、そして自信家のメディア・エグゼクティブだ。しかし、彼には至上命題がある。彼の至上命題は視聴率だ」と、ズッカーが率先してトランプ候補を前面に押し出して視聴率を取りに行ったことを示唆した。

  今や、CNNを誹謗中傷

 そして、その結果、ジェフ・ズッカーは「アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプ」という怪物を生みだしてしまった。ズッカーの視聴率至上主義がトランプの圧倒的なTVでの露出を生みだす要因であったことは明らかだろう。

怪物となったトランプがズッカーを追いかける風刺画


 ズッカーとトランプはニューヨークのセレブ同士で、子供も同じプライベートスクールに学校に通っていた。ズッカーは2017年、大統領就任から3か月後にトランプがイスラム教徒の米国入国を禁止しようとした時でも「わたしはトランプが好きだ」と公言してはばからなかった。CNNのホワイトハウス担当記者ジム・アコスタがトランプ大統領とホワイトハウス報道官から執拗に攻撃された時も、ズッカーは「このゲームはウィン・ウィンなんだ」とあたかも織り込み済みのレースであるかのように語っていた。
 しかし、トランプ政権のCNNへの誹謗中傷は、米国の分断をさらに深め、生みだされた怪物は、もはや生みの親の手を離れ、巨大化して遥か遠くに立っている。
 ズッカーがいまでもこの現状を視聴率の取れるリアリティショーの延長と見ているのか、リアルな世界への脅威と見ているのかは、批判と非難に満ちているとはいえ、相変わらずトランプ大統領の言動ばかりを取り上げる続けるCNNの報道を見ていても、答えが見いだせないままだ。

(2020.10.05)

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