アメリカは誰のものか
元テレビ朝日モスクワ支局長 武隈 喜一
同じ日、大統領選をめぐる法廷闘争が事実上、終わった。
ペンシルベニア、ジョージア、ミシガン、ウィスコンシンの四州の選挙過程は憲法に違反しているため、選挙結果を無効にし、州議会によって選挙人を選出すべきだ、というテキサス州司法長官の訴えが連邦最高裁によって却下されたのだ。
最高裁の保守派判事も却下
連邦最高裁判所は「他州の選挙方法に対して訴えを起こすことに対するテキサス州の法的利益が示されていない」と言う判断を7対2で下し、この訴えを退けた。トランプ大統領自身が判事に指名し、一縷の望みを託していたカバノー、ゴーサッチ、バレットの三人の保守派最高裁判事も、却下の判断を示した。トランプ大統領の仕掛けた51の法廷闘争は、そのうちの50で門前払いか無効判断を下されるという無残な敗北に終わった。
最後の頼み綱であった連邦最高裁に一蹴されたトランプは、「最高裁には本当に落胆した。知恵もなければ勇気もない!」と捨て台詞をツイートに残した。そして「闘争はまだつづく」とフォックスニュースのインタビューで語った。
選挙結果を覆そうというテキサス州の訴えには、トランプが選挙で勝利した17州の司法長官と、上下両院合わせて106人もの共和党議員が賛同していた。
最新の世論調査(NRP・PBS、12月6日)によれば、共和党支持者の72パーセントが「バイデン当選の選挙結果を信用していない」と回答しており、「トランプ大統領がいまやっていることは正しいと思うか」と言う問いに90パーセントが「正しいと思う」と答えている。
法廷闘争から過激な呼びかけへ
法廷闘争の敗北を受けて、SNS上では、トランプ支持者の極右組織による過激な行動への呼びかけが続いている。「連邦最高裁がこの国を救えないのなら、軍はどこにいる?」「もし大統領が軍を動かさないのなら、われわれがやるしかない。血なまぐさくなるだろう」。そして連邦最高裁の決定を不服とする州を集めて、「南部諸州でもう一度立ち上がるのだ」と合衆国からの分離を煽る投稿も出まわっている。トランプ大統領にこうした煽動を押さえようという意欲はまったく見えない。
12月12日夜にはホワイトハウス前に集まったトランプ支持の武装グループとバイデン支持者の間で衝突が起き、4人が刺され、1人が撃たれて病院に搬送された。
そして12月14日、全米各州でいよいよワクチンの接種が始まった。ニューヨークで最初にワクチンの注射を受けた黒人の女性医療従事者は「これで苦しい時代の終わりがやっと始まる」と語った。
1月21日に最初の感染者が出た米国のこの日までの総感染者数は1650万8067人に達し、死亡者は30万382人にのぼっている。
最初のワクチン接種が各地で行われていた頃、各州の選挙人投票で、民主党のバイデン候補が大統領選挙の開票結果通り、306人の選挙人を獲得し第46代米国大統領に就任することが確定した。いつもならば形式的な手続きで、話題にものぼらない選挙人投票の結果を、世界中のメディアが速報で伝えた。
交わらない米国の二つの世界観
米国には二つの交わらない世界が存在している。それは、いつか和解と宥和が訪れることを想像することが可能であるようなものではない。視聴するテレビ局の世界観も、付き合う友人の世界観も、通う教会の宗教観も、銃の所持と使用についての世界観も、「新型コロナウイルス」という脅威が存在するかどうかという考え方も、そしてこの国の歴史についての世界観もまったく異なっていて、交わることのない二つの世界に生きる人びとが、アメリカ合衆国という、逃れようもないひとつの地理空間に住んでいる。英語という同じ言葉で「自由」や「平等」や「神」を語っても、それが指し示す内実はまったく異なっている。2017年1月21日、トランプ大統領就任式直後にスパイサー報道官が「オバマ前大統領の就任式の人出より多かった」と述べた「ウソ」を擁護した大統領顧問ケリーアン・コンウェイが、「それは虚偽ではなくオールタナティブ・ファクト(もうひとつ別の事実)だ」と言ったように、この二つの世界の住民たちは「ファクト」の世界と「オールタナティブ・ファクト」の世界をそれぞれが生きている。
そして、普段は交わることのないこの二つの世界が、一瞬交わり〈支配と征服〉をかけて、すべての富と知恵とエネルギーを注ぎ込み火花を散らすのが、米国の大統領選挙だ。
マイノリティーになる白人至上主義者の抵抗
「オールタナティブ・ファクト」の世界に住むトランプ支持者たちの思考は一貫している。彼らはことさらに「この選挙」だけを不正だと訴えているわけではない。彼らにとっては「黒人大統領」が当選するような選挙は不正であり、有色人種やLGBTQの人びとが推す候補者が大統領になるような選挙は、「正当な選挙であるわけがない」のだ。もしそんなことが起きるなら、それは「不正」があったからに外ならず、そんな現実を受け入れることはできないのだ。それは、トランプ大統領が選挙戦の間、言いつづけていたように「わたしは負けない。負けるとすれば、唯一、この選挙に不正があったときだけだ」という発想と一致している。彼らの闘いは、2045年には否応なく米国の人口構成の50%を切って「マイノリティ」になることが運命づけられている「白人至上主義者」たちの必死の抵抗戦なのだ。次期大統領に決まったとき、バイデンは「和解と宥和」を呼びかけたけれども、その勝利演説が、どこか頼りなく響いたのは、実はこの「異なる二つの世界」の住民たち自身が「和解」も「宥和」もするつもりはなく、そしてその可能性もお互いに信じていないからではないだろうか。
トランプ大統領が法の手続きの中で抵抗できる余地は、もはやない。そして、言葉と法を超えたところには、むきだしの暴力しか残されていない。
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