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2020年11月号

マードック王国、揺れる論調

テレビ朝日アメリカ 社長  武隈 喜一

 メディア王ルパート・マードックが権勢を振るうメディアは、米国の保守系市民に強い影響力を持つだけでなく、ウォールストリートのCEOたちやワシントンの共和党中枢にも大きなインパクトを与えてきた。
 全米で8700万世帯をカバーするFox Newsはその中心的な役割を担っていて、「全米で一番見られるニュース局」の座を長年維持し、トランプ大統領の宣伝機関ともいえる存在となっている。The Wall Street Journalは283万部を誇る必読の経済紙だし、New York Postは発行数23万部のニューヨーク地域のタブロイド日刊紙で、扇情的な記事や芸能ゴシップから政界裏話まで、豊富な写真で伝え、時には嘘か本当かわからないような爆弾記事でバイデン候補を攻撃してきた。マードックのメディア王国は、お互いが阿吽(あうん)の呼吸で論調をそろえ、トランプ支持派の一大拠点となってきた。

  「負け、受け入れてこそ偉大なレガシー」

 開票が続き、バイデン有利が鮮明になり、トランプ大統領が「投票の不正」を言い募るようになると、マードック王国のメディアの主張がトランプ一辺倒から微妙に変化し始めている。  最初に動いたのはFox Newsだった。トランプ擁護の戦闘的論調では一二を争う女性MCローラ・イングラムは「わたしたちも認めたくはないが、もし、好ましからぬ結果を受け入れる時が来れば、トランプ大統領は威厳と落ち着きをもってそうしなければならない。負けを受け入れるのは恐ろしいことだ。しかし、トランプのレガシーはそうしてこそ偉大なものになる」と発言した。
 これに続いてThe Wall Street Journal紙は11月6日、「大統領、大詰め」という社説を掲載した。社説は民主党が進めたペンシルベニアでの投票受付期間の延長などを非難した上で、「もしバイデン氏が270人の選挙人を獲得すれば、トランプ大統領は決断しなければならない。われわれは大統領がいさぎよく負けを認めることを望む。われわれは正常な政権移行を拒否して、積み上げてきたレガシーが崩れ去るのを見たくはない。……もし敗北の時がくれば、トランプは米国民主主義の伝統にのっとって、威厳をもってホワイトハウスを去って欲しい」と述べている。

ニューヨークポストの一面

 選挙直前に、バイデン候補の息子ハンター・バイデンのスキャンダルの火元となったNew York Postも11月7日の一面にバイデンの写真を掲げ、「準備はいいか、ジョー?――バイデン、大統領選勝利へ近づく」と大きな見出しを掲げた。対照的に「トランプ、闘いを続ける」という見出しは右下に小さく載るだけだ。

  「トランプ党」にモノ言うマードックは?

 しかし、Fox NewsもThe Wall Street JournalもNew York Postも全面的にトランプ敗戦を認めているわけではなく、番組や記事の中では、トランプ陣営の不正投票追及と法廷闘争を支持する論調も目立つ。  共和党が「トランプ党」となって以降、大統領に面と向かって意見を言える側近や保守政治家もいなくなった現状では、「保守派メディアの牙城」を築き、トランプ政権の誕生に大きな役割を果たしたルパート・マードックの動きに注目が集まっている。
(2020.11.07)

武隈 喜一

テレビ朝日アメリカ 社長

1957年東京生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科、
東京大学文学部露西亜文学科を卒業後、出版社、通信社などを経て
1992年テレビ朝日入社。1994年から1999年までモスクワ支局長。
2010年から12年まで報道局長。2016年7月からテレビ朝日アメリカ社社長。ニューヨーク在住。

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