ゲスト様

2020年11月号

トランプ敗北ならFoxどうする

テレビ朝日アメリカ 社長  武隈 喜一

 Fox Newsはトランプ大統領の宣伝機関といえるほど政権と近くなりすぎてしまっているので、「トランプが選挙で負けたらFoxはどうするのだろう?」という素朴でもっともな疑問に、10月29日付の『ワシントン・ポスト』が答えてくれている。
 最近もプライムタイムの Foxアンカー、ローラ・イングラムは、民主党バイデン候補の選挙運動について「ボリシェヴィキに注意しろ」と視聴者に呼びかけ、Foxの政治アナリストはバイデンを「耄碌(もうろく)ジジイ」と呼んだ。

  「トランプはオウンゴール」

 しかし、Foxを作り、ロジャー・エイルズとともに保守派の牙城に育て上げた、今年89歳になるルパート・マードックは、バイデンの勝利を予想し、ことさら慌てている様子もない。『ワシントン・ポスト』によると、マードックはトランプが負けたら引退するつもりでいて、今回の世論調査でのトランプ支持の低さは、自分が何度も新型コロナについて個人的に助言をしてきたにもかかわらず、大統領が耳を貸さなかった結果であって、「トランプのオウンゴール」だと不満を漏らしている。
 根っからの保守主義者であるとはいえ、ルパート・マードックは将来性のあるリベラル派とは関係を築いてきていて、前回の選挙でもヒラリー・クリントン候補に肩入れしようと、面会を申しいれたのだが、クリントン側がこれを断ったために、会談は実現しなかったといわれている。
 トランプとの個人的な関係は、マードックが経営するタブロイド紙『ニューヨーク・ポスト』が、スキャンダラスな不動産王としてトランプをさかんに取り上げていた頃からの長い付き合いで、去年、Foxとディズニーが、7兆円規模の事業譲渡で合意した際には、トランプ大統領がマードックに直接電話をし、祝意を述べたといわれている。

  コロナの過小評価を警告

 しかし、マードックは新型コロナウイルスの危険性について過小評価する発言を繰り返すトランプ大統領に対して懸念を抱き、3月には腹心を通してそのことを大統領に伝えている。そしてFoxの番組内では「新型コロナは民主党の陰謀だ」と喧伝しながらも、Foxの職場にはいち早くリモートワークを取り入れ従業員の健康と安全を守った。
 そしてテレビメディアとしては、トランプ政権の唱える「ウイルスの責任は中国にある」「感染対策より経済をオープンしろ」という主張と歩調を合わせることによって、プライムタイムで「もっとも見られている局」となり、スポンサーのボイコットにあいながらも、去年を上回る収益を上げた。
 Foxの番組ラインアップはトランプ大統領との濃密な関係を前面に打ち出したもので、モーニングショーの “Fox & Friends” には大統領からのコメントが直接届くこともある。

  「反バイデンの砦」として残す

 だが、もしトランプが敗れれば、最高権力者へのアクセスは断たれる。しかし、Fox Newsは民主党のオバマ政権時代も「反オバマの砦」として「オバマ叩き」で視聴率を伸ばしてきた実績がある。Foxの戦略をよく知るジョナサン・クライン元CNN社長は、「Foxはバイデン政権下でもレジスタンスの軸」として確固たる支持を集めるだろうと見ている。――保守派メディアは守りよりも攻めの方が支持者にアピールできるため、リアルタイムで叩ける悪役がいる方が、反対派の拠点としては有利だ、というわけだ。
 唯一の懸念が、トランプ政権の良くも悪しくも常識はずれなドタバタ感が薄れることで、どう考えても「退屈そうなバイデン大統領」のもとでは、視聴者もギアが上がらないのでは、という悩みがあるのだが、Foxには奥の手がある。大統領職を離れても全米の保守派の間で圧倒的な人気を維持し続けるであろうドナルド・トランプその人を、頻繁に番組に登場させ、真っ向からバイデン政権への不平不満をぶつけてもらおうという魂胆だ。前回の大統領選挙時にも娘婿のジャレド・クシュナーは「トランプにフォーカスするメディア」を立ち上げようとしたことがあり、影響力を残したいトランプ自身にとっても、願ってもない戦略かもしれない。
(2020.10.29)

武隈 喜一

テレビ朝日アメリカ 社長

1957年東京生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科、
東京大学文学部露西亜文学科を卒業後、出版社、通信社などを経て
1992年テレビ朝日入社。1994年から1999年までモスクワ支局長。
2010年から12年まで報道局長。2016年7月からテレビ朝日アメリカ社社長。ニューヨーク在住。

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