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2020年3月号

デジタル情報戦争こそトランプの再選戦略
―― アメリカ・メディアの現状

テレビ朝日アメリカ 社長  武隈 喜一

 3月3日のスーパーチューズデーを前に、民主党の候補者選びは混戦となっているが、トランプ大統領は着々と再選戦略を進めている。トランプ陣営がことに力を入れているのが「情報戦争」、SNSとAI時代の「デジタル戦争digital information war」 だ。

 ヒラリーを破った選挙マネージャー
 ワシントンの官庁街を離れたポトマック川の対岸に、ガラス張りのモダンなオフィスタワーがある。その14階は「デス・スター」と呼ばれている。あの『スター・ウォーズ』で、惑星を一撃で破壊するスーパー・レーザー砲を持つ銀河帝国の要塞惑星の名だ。その要塞を仕切るのは、トランプ陣営の選挙キャンペーンマネージャー、ブラッド・パースケイル(Brad Parscale)だ。


パースケイル氏

 パースケイル氏は、前回の選挙では陣営のデジタル・ディレクターを務め、その功績によって、2016年6月には早くも次の選挙運動のデジタル責任者に任命されている。Google とFacebookに大量の広告を打ち、ヒラリー・クリントンを犯罪者だと決めつけ、イスラムテロと非合法移民の恐怖をあおりたてる宣伝を展開した人物だ。2016年6月から11月までに、ヒラリー陣営がFacebookに流した広告は6万6千回だったのに対して、トランプ陣営は590万回の広告を打った。Facebookから大量の個人情報を盗み、選挙用のアルゴリズム(問題を解くための手法・手順)を組みたてたデータサイエンスのCambridge Analytica社とともに、ブラッド・パースケイルの前例のないデジタル戦略が、トランプの勝利に大きく貢献した、と言われている。

 「真実よりも、大きな物語」
 2020年のトランプ再選のためのデジタル戦術もその延長戦にある。  その基本にある戦略は、「真実よりも、大きな物語(narrative over truth)」を米国民に届けることだ。トランプ大統領の主要メディア攻撃は、「メディアが〈真実だ〉と言うより大きな声で、われわれの〈大きな物語narrative〉を売り込んでいく」ことを目的としている。そのためには主要メディアの記者個人のプライバシーを暴き、個人攻撃することをさえも厭わない。元首席戦略官スティーヴ・バノンが言ったように「文化戦争が戦争である限り、戦争には犠牲者がつきものなのだ」という冷徹な論理に基づいている。そして「真実」ではない情報や、自陣営に都合のいい情報を自動的に拡散していくbotやtrollによる手法は、すでにトランプ陣営の日常的な方法となっている。

 有権者をデータで細分化
 そして効果的に活用されているのが、デジタル広告ならではの「マイクロ・ターゲッティング」の手法だ。有権者をデータによって細分化し、小さなニッチに分け、それぞれの嗜好に合ったデジタルメッセージをインターネットで個別に流していく。雑誌”The Atlantic”によれば、すでにトランプ陣営は米国の有権者1名につき3000データを集めていると言う。広告のターゲットは、性別や居住地、支持政党だけではなく、銃の所有者か、ゴルフ・チャンネルの視聴者か、など細かいデータに基づいて分けられていて、それぞれにアピールするトランプ陣営のメッセージを送っていく。去年の弾劾裁判開始直後には、トランプ陣営は、内容の異なる1万4千通りの広告をSNSに流したと言われているが、これは本選へ向けた予行演習だった。
 そしてトランプ陣営がいま力を入れているのは、個人の携帯番号の入手と蓄積で、今後は有権者にあわせたテキストメッセージも集中的に送っていく計画だ。 AIとデータを駆使しながら「偽情報disinformationをいかに効果的にばらまき、有権者に届け、情報を混乱させながら自陣営に導いていくか――最先端の宣伝戦が繰り広げられている。

武隈 喜一

テレビ朝日アメリカ 社長

1957年東京生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科、
東京大学文学部露西亜文学科を卒業後、出版社、通信社などを経て
1992年テレビ朝日入社。1994年から1999年までモスクワ支局長。
2010年から12年まで報道局長。2016年7月からテレビ朝日アメリカ社社長。ニューヨーク在住。

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