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2020年10月号

バイデン陣営、地味なTVスポットが効果

テレビ朝日アメリカ 社長  武隈 喜一

 前回2016年の選挙では、異常なほどの注目を浴びて、TV広告さえ大規模に打つ必要のなかった「視聴率男」トランプとその陣営にとって、現職の大統領とはいえ、今年はオーソドックスな長丁場の選挙戦を戦う初めての経験と言ってよい。トランプ陣営の選挙キャンペーンが終盤にきて息切れを見せているのは、当初潤沢だった選挙資金の息切れのせいだけとは言えない戦略的な誤算があるのかもしれない。
 一方、バイデン候補の選挙戦は、新型コロナウイルスを考慮して大規模な集会を控え、TV広告を中心にした地道なものだ。ところが、この地道な作戦が功を奏しているようだ。

  幅広いバイデンのCM戦略

 10月19日のプライムタイムにアメリカンフットボールのアリゾナ・カーディナルズとダラス・カウボーイズの試合がスポーツ専門ケーブルチャンネル〈ESPN〉で放映される予定だが、このテレビ中継ではバイデン側が40万ドル(約4200万円)で、TVスポット3本を買った。そのうち2本は地元フェニックスのローカルCMで、残り1本が全国CMだ。一方、トランプ陣営は先週になってローカルスポットCM1本を3万6千ドル(約380万円)で買ったにすぎない。かつては共和党の地盤だったアリゾナ州が激戦区になっていることを考えると、圧倒的な高視聴率を誇る番組〈マンデー・ナイト・フットボール〉は格好のターゲットとなるはずの枠だ。
 バイデン候補はこれまで4億2100万ドル(約442億円)をテレビCMに投下しているが、特徴的なのは、スウィングステイツだけを標的にするだけでなく、全米ネットで選挙CMを打っている点だ。4億2100万ドルのうちの15%を全米向けの広告に充てていて、そこにはアリゾナのような激戦区だけでなく、マサチューセッツのような民主党の強い州や、逆にアイダホのような、逆立ちしても共和党に勝てない州も含まれている。

 CM枠は中高年視聴者に人気のエンターテインメントやショー番組に集中させていて、新型コロナウイルスの影響で「ステイ・アット・ホーム」を余儀なくされている人たちをターゲットにしている。そしてテレビ局の幅も広く、FoxからDoItYourselfネットワーク、History Channelに及んでいる。

  Foxに集中のトランプ

一方、トランプ陣営のTV広告戦略はこれとは対照的だ。トランプ陣営はバイデン陣営より1億6700万ドル(約175億円)少ない2億5400万ドル(約280億円)をテレビCMに充てているが、全米ネットのCMにバイデン陣営が6300万ドル(約66億円)を投じているのに対して、トランプ陣営は3440万ドル(約36億円)とほぼ半分に過ぎない。またそのうちの半分がFox Newsに集中している。
 通常の大統領選挙では10州前後のスウィングステイツを中心に選挙広告が展開されるが、激戦州のCMは価格が高くなりがちで、それならいっそのこと、全米をターゲットとしたCMの方が購入価値がある、というのがバイデン陣営の判断のようだ。全米CMにはもうひとつメリットがあり、国内に時差帯がある米国では、人気番組は時差帯に合わせて放送されるのだが、全米ネットでCMを買うと、視聴数の多い時間帯にCMが置かれるのだ。
 バイデン陣営の選挙キャンペーン主任分析官は「通常、この時期には的を狭めていくのだが、わたしたちはますます間口を広げようとしている」と語っている。
 一方、トランプ陣営の選挙キャンペーン広報官は「勝てる州にTV広告を流すのは無意味だ。広告は的確なメッセージを的確な有権者に届けるためのツールだ」と述べている。

  ネガティブ広告を打たない効果

 「的確なメッセージを的確な有権者へ」という意味では、ネットCMへの資金投下はトランプ陣営の方が大きく、FacebookとYouTubeに合わせて1億7400万ドル(約182億円)を使用し、他方、バイデン陣営は1億4100万ドル(約148億円)となっている。
 また、スーパーPAC(政治資金管理団体)を含めると、テレビCMへはバイデン支持の民主党陣営が7億2300万ドル(約759億円)、トランプ支持の共和党陣営が4億5300万ドル(約475億円)と、その差はさらに大きく開いている。
 CMの内容も、9月1日以降、バイデン陣営が63本の内容の異なるスポットCMなのに対して、トランプ陣営は25本にすぎない。
 10月2日にトランプ大統領が新型ウイルスで入院した時、バイデン側は、ネガティブ広告は打たないと宣言したが、大統領が退院して以降も、ネガティブCMを控えている。それはバイデンの人となりを伝えるCMの方が効果的だと判断したからのようだ。
 バイデン陣営の選挙資金集めは絶好調で、投票日まであと20日となった10月15日の時点でも、手元にはまだ4億3200万ドル(約450億円)のキャッシュがあるということで、資金ショートが噂されるトランプ陣営を尻目に、テレビCMとネットへ最後の集中投下を図っている。

(2020.10.18)

武隈 喜一

テレビ朝日アメリカ 社長

1957年東京生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科、
東京大学文学部露西亜文学科を卒業後、出版社、通信社などを経て
1992年テレビ朝日入社。1994年から1999年までモスクワ支局長。
2010年から12年まで報道局長。2016年7月からテレビ朝日アメリカ社社長。ニューヨーク在住。

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